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48.ショタっ娘とスローライフ(7)
親父は子供の頃、自分の祖母から聞かされた言い伝えを、そのまま子孫に語り継ごうと思ったのだろうが、さすがにその理由までは教えてもらわなかったようだ。
誤解がないようにフォローを入れると、ミオは基本的にリアリストなんだけども、霊が実在しないとは絶対に言わない。
こうして俺と一緒に実家に帰省して、仏壇の前で手を合わせ、ご先祖さまの魂を共にお迎えした子が、今更何を疑うものだろうか。
ただ、親父が言った「足を引っ張られる話」とか、霊が海や川に集う理由 は、地獄の釜の蓋が開いたからだと説明しても、まず信じないだろう。
言い伝えや迷信に、それなりの真実味や説得力があるならまだしも、地獄の釜なんて荒唐無稽 な存在を用いたところで、今時の子供は真に受けたりしないのだと思う。
お盆の間に水難事故が多発する原因としては、たくさん発生したクラゲに刺されるとか、お盆の時期に発生しやすい離岸流 によって、知らず知らずのうちに沖へと流され、その結果として力尽き、命を奪われるからだと言われる。
他にも「土用波」と呼ばれる大波に飲まれるなど、お盆の時期に海で泳ぐ事がいかに危ないかを、理論的に、噛み砕いて説明してあげる事が大切なのだ。
他の子はどうだか知らないけれど、少なくともうちの子猫ちゃんは、根拠や裏付けに乏しい話は全て、右から左へと抜けてしまう。
なので、親父の言い伝えに信憑性を持たせるための役目は俺が引き受け、これこれこういう危険な要素があるから、海や川で遊ぶのは止めたほうがいいと言われるんだよ、と説明したのだった。
もっとも、川にはクラゲも大波もないんだけれど、水流をナメて川流れに遭ったり、水温の低さで急速に体力を奪われ、力尽きて溺れたら命を落としかねない。ゆえに、川は川で、やはり危険がいっぱいなのである。
「てな訳でさ。昔は今ほど水難事故の原因を突き止める研究が進んでいなかったから、霊の仕業だと教える事で、子供たちの命を守っていたんだな」
「なるほどー。じゃあお祖父ちゃんのお祖母ちゃんも、お祖父ちゃんの命を守ってくれてたんだね」
俺の説明による、言い伝えの真相と由来に納得したミオは、二人の会話を黙って聞いていた親父に話を振る。
「うん……そうだな。当時は、足を引っ張られる原因こそ分からなかったけど、命を失う前例が多かったから、その危険さを訴え続けてくれていたんだと思うよ」
そこまで話すと、親父はおもむろに顔を上げ、朝ご飯の手を止めて、斜め上の天井をぼんやりと見つめ始めた。
きっと親父の中では、当時は孫だった自分を厳しく躾け、優しく見守ってくれた、今は亡き祖母の笑顔や思い出が、視線の先にある空間に投影されているのだろう。
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