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49.初めてのお子様ランチ(18)

 オムライスの歴史を紐解くと、誕生して割とすぐ、トマトケチャップが定番になったらしいのだが、ある時を境に、新興勢力としてカレールーやハヤシルー、あるいはデミグラスソースが用いられるようになった。それが、およそ二十年くらいからだったような気がする。  やれ「オムカレー」だの、「オムハヤシ」という変化球でもって、新しい味を提供し続けている業界だが、デミグラスソースに関しては、いつから台頭し始めたのか? その答えは残念ながら、俺が食の歴史に詳しくないため、断言はできない。  ただ、そのデミグラスソースが勢力を伸ばしてくるまでは、オムレツやオムライスといった卵料理には、ケチャップをかけて食べるのが一般的だった。  その一般的が当たり前になっているのは、メイド喫茶、あるいはメイドカフェだろう。手先の器用なメイドさんは、ご主人様という名の客が注文したオムライスに、ケチャップで絵やら文字やらを描いてサービスするからだ。  これは決して、食べ物で遊んでいるわけではない。いわばラテアートと同じ性質のもので、つまりは芸術なのである。  ……と、同僚の佐藤が力説していた。  女好きなあいつは一時、メイド喫茶に夢を抱き、ご主人様とお仕えするメイド……というシチュエーションでの恋愛に光明を見出し、足繁く通っていた時期があるのだ。  実は俺も、佐藤があまりにもしつこく誘うもんだから、根負けして、一度だけ二人で入店した事がある。  俺はあんまり、メイドさんという職業に憧れを抱いていないし、そもそもメイド喫茶で働く女性は本物のメイドさんじゃないだろ、という冷めた目でもって訪れたせいか、佐藤ほどノリノリにはなれなかった。  設定上は我が家という体で御主人様を迎えているのに、入場料とか、入館料みたいな名目でキッチリと席代を取られるお店があるから、余計現実に引き戻されるような気になる。  ただ、あんまりシラケ続けてしまうとノリが悪いと言われるから、佐藤の調子に合わせてはいたものの、自分が作ったわけじゃないオムライスに「おいしくなーれ」って言われてもな。 「ハンバーグ、ほかほかでおいしいー」  俺が佐藤に連れられ、メイド喫茶に通った事を思い出していると、ミオが小さく切り分けた、ミニハンバーグに舌鼓を打っていた。 「肉はもちろんだけど、その肉にかけてあるソースもおいしいだろ?」 「うん! これがなんだよね?」 「え!? い、いや違うぞ。デミグラスソースね。デ・ミ・グ・ラ・ス」 「んー、でみぐらすぅ?」 「そうそう。デミグラス」 「それってどういう意味?」  と、ウルトラマンの怪獣みたいな覚え間違いをしていた、天然ちゃんのミオに問われて初めて、幾度も口に出してきた、「デミグラス」の意味や語源について、俺が全くの無知である事に気付かされた。

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