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49.初めてのお子様ランチ(21)

 いわゆる〝萌え〟の対象としてのメイドが市民権を得た昨今、漫画やアニメにおいて、これこれこういう服装をしている女性はメイドと呼ぶんですよ、なんて説明をするのも今更な話だ。  だからこそ、そういう登場キャラを目にしても、ミオにはピンと来ないのだろう。 「そう、メイドさん。ただなぁ、一口にメイドと言っても、やれハウスメイドとか、やれランドリーメイドだとかみたいに、受け持つ仕事の内容が枝分かれしているんだよ。本来はね」 「ふーん。じゃあ、喫茶店で働くメイドさんは、何メイドになるの?」 「さぁ……」  あ。今の返事はやっちゃダメなやつだ。  あまりにも、核心を突くような鋭い質問が飛んできたものだから、俺はついうっかり、何も知らないフリをしてごまかそうとしてしまった。  そもそも、メイド喫茶に通ったと口走った大の男が、そこで働くメイドさんの正体が何なのかを知らないなんて、白々しいにも程がある。  かくなる上は、腹を決めて正直に話すしかないだろう。ちょっとばかり大人の世界へ踏み込んだ答えになるが、これも社会勉強の一環だ、という事にしようじゃないか。 「ごめん、今の『さぁ』は間違った。要するに、メイド喫茶で働くメイドさんの本職としては、〝なり切り〟の方に分類されるんじゃないかな」 「なり切り? おままごとみたいな演技ってこと?」 「うっ!? ま、まぁ、(おおむ)ね、そういう解釈で合ってると思うよ」  ああ、この場に佐藤がいなくてほんとに助かった。  演技と言い切ってしまうと、斜に構えた夢も希望もない、冷めた言葉のように聞こえる。とは言え、ミオが例えに用いた「おままごと」も、各々が役を演じるという意味では、何ら間違ってはいない。もっともメイド喫茶は、泥団子を、ご飯に見立てて食わせたりはしないんだけど。  あの時の俺は、晩飯やデザートを黙々と食してきただけの、ご主人様っ気が全くない客だった。それでも、メイド喫茶がどんな場所なのかを知った上で入店したのだから、肯定も否定もできない。だからこそ、俺はいずれの側にも立てないのである。  そんな、どっちつかずの立場にある俺がミオにできる事と言えば、メイドの歴史や仕事内容、そして日本のサブカルチャーにおける理想のメイド像が何なのかを、客観的に説明してあげる事くらいだろう。 「まぁ何だな。元来はお金持ちの人とか、上流階級の人たちの家に勤める女性の職業を表す呼び名だったんだけど、いつの間にか、メイドさんに憧れを持つ男が増えてきて、今に至るわけだ」

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