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49.初めてのお子様ランチ(25)

「ミオ、エビフライの尻尾は食べる方なんだね」 「んー? どういうこと? 尻尾を食べない人がいるの?」  エビフライの尻尾に話が及んだ途端、ミオがキョトンとした様子で聞き返してきた。さも俺が、素っ頓狂な事を口走ったかのような不思議がり方だ。 「え?」 「むむ?」  お互いが、「そんな事ある?」という考え方でもって話を進めようとしているもんだからか、若干噛み合いがおかしくなってきた。 「あ、いや、ごめん。エビフライだけに限った話じゃないんだけど、エビの尻尾を食べずに残す人は結構いるんだよ。俺のお袋が、まさにそれなんだけど」 「そうなの? おいしいのにー」 「確かにおいしいな。それは俺も同意見だよ。お袋が食わないで残すのは、とても単純な理由でね」 「うんうん」 「他の部分よりも固い尻尾を噛み砕いていくうちに、歯と歯の間に挟まって、取るのに難儀した経験があるから……だってさ」 「あはは、そんな理由があるんだね」  そう言って、ミオが控えめな笑みを見せたのは、きっと自分の事を、ほんとの孫だと思ってかわいがってくれる、お袋に悪いと思ったからだろう。  もっと詳しく説明すると、歯に挟まったエビの尻尾を取ろうと思って、片手で口を覆い隠しながら、爪楊枝やら何やらを差し込むのは、大人の女性としての品位に欠ける行為だとして、厳しく叱責されるからだそうな。  もう、そういう時代じゃないんだけどね。女性だろうが男性だろうがショタっ娘だろうが、歯と歯の間にエビやらネギやらが挟まったまま過ごす事ほど、(わずら)わしいものは無いだろう。  異物を取り除こうと思って行動に移すのは、生物として至極真っ当に働く本能だろうに、それを止めろだの、最初からエビの尻尾を食うなだのと、一体何の権限でもって干渉してくるのか。  俺は別に、ミオを社交界に送り出すつもりはないし、おいしい、おいしいと喜んで食べているものを、無理やり奪い取ってまで躾けるつもりもない。  そんなやり方は、そもそも(しつけ)とは言わない。  異論や反論は山ほど出てくるだろうけど、少なくとも柚月家としては、これまで孤児として育てられてきたミオが、食において見つけてきた楽しみを、できる限り尊重してあげたいのだ。  だから俺は、ミオがエビフライの尻尾を食べる子だと知っても、何ら注文をつけなかった。こうして生き物の命を余さずいただく事は、すなわち感謝の表れでもあるのだから。 「じゃあ俺も、まるごと尻尾まで食べちゃお。よく揚がったやつは、ポリポリした食感でうまいんだよね」 「そだね。おやつのスナックみたいな歯ごたえがあるから、ボクが施設にいた時も、ずーっと食べてたんだよ」 「へぇ。じゃあエビの尻尾だけを集めて、味をつけて食べやすくしたら、おいしいお菓子ができあがるかもな」  ミオは大きく頷き、全面的に賛成してくれたが、何らかの理由でエビの尻尾を食べない・食べられない人にとっては、さぞや面白くない会話なんだろうな。

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