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50.銀幕デビュー(3)

「一応、〝完全版〟と銘打って、本編をカットしないで余すことなく放送する事もあるんだけど、そういうのは、よほど人気があったやつくらいだね」 「じゃあ、最初から短い映画は?」  俺のジェスチャーを見て、何となく理解した様子のミオが、再びショートフィルムのポスターに目を向ける。 「短編映画は、よほど話題になった作品でないと、まずテレビで流さないんじゃないか? 作品によって、放映時間もピンキリだからなぁ」 「ピンキリ……初めて聞く言葉だぁー」  ミオが首を傾げて考え出した「ピンキリ」という言葉は略称で、正確には「ピンからキリまで」と言う。分類としては慣用句に入る。  この言葉のルーツを探ると、はるか昔の室町時代後期から行われた、ポルトガルとの南蛮貿易にまで(さかのぼ)る事になる。  で、その貿易の折に伝来したカードゲームに、当時の元号から『天正(てんしょう)カルタ』の名前が付けられた説が有力なのだが、室町時代には、天正という元号は存在しない。  という事実を考慮するに、室町時代の後期から始まったポルトガルとの貿易は、元号が天正と定められた安土桃山時代でも継続され、改良を加えられたカードゲームは、いつからか「天正カルタ」という名が付き、広く周知されていったのだと思われる。  細かいルーツは文献によってまちまちであり、キリがないから深掘りするのは止めておこう。今重要なのは、天正カルタから生まれた慣用句の「ピンからキリまで」の意味するところを探ることだ。  本来は「一番良いものから最低のものまで」とか、「最初から最後まで」といった意味で用いる言葉だったそうなのだが、徐々に定義が広まり、「その種類の多さ」や「幅広さ」などと表現したい時にも使われるようになり、現在に至る。  つまり、俺はこの場面において、「ショートフィルムの上映時間の長さは、作品によって大きな幅があり、マチマチである」という意味でピンキリという言葉を使ったため、厳密には誤用した事になるのだ。  もっとも、ミオくらいの歳の子の間だと、ピンからキリまでなんて言葉は滅多に使われないだろうから、省略しようがしまいが、どの道通じなかったかも知れない。 「ちょっと耳慣れない言葉を使っちゃったけど、要するに、ショートフィルムの上映時間はバラついているって事だな。五分で終わるものもあれば、三十分を超える長さの作品もあるし」 「それって映画なの? お兄ちゃんと一緒に見てるプリティクッキーも、三十分近くはあるでしょ?」  いかにもミオらしい、鋭い質問だ。そもそも、映画という作品を名乗るための条件として、上映時間の長さは問われていない。

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