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50.銀幕デビュー(8)

「お、映画館の中は涼しいなぁ。クーラーがよく効いてるじゃん」 「そだね。地下にある映画館だから、お日様も届かないもんね」 「それにしても懐かしいなぁ。チケット販売機もそのままだし、ポップコーンマシンから漂う香ばしい匂いも相変わらずだ。あの頃と全く変わってないよ」 「ん? あの頃っていつのお話?」 「いや、実はさ、俺が高校生の時に、お袋が雑誌の懸賞で当てたチケットを貰って、映画を見に来たのがここなんだ」 「へぇー。お祖母ちゃん、運が良かったんだね」 「うーん。良いと言えば良いのかな? 確かに懸賞は、数ある応募ハガキの中からの抽選だから、当選者になるのは運しだいなところもあるんだろうな」  うんうんと頷くミオに腕を抱かれたまま歩を進めると、程なくして、上映中の映画ポスターが貼られた壁の下にある、パンフレットの山を見つけた。  古来より、映画のパンフレットはお金を払って買うものが多い。一種のファングッズのような立ち位置にある小冊子(を英語に翻訳するとパンフレットになる)。俳優のインタビューとか、評論家のコラム、他にもいかにCGを活用したか、なんて裏話を読めるのは有料の方だ。  俺たちが手に取ったパンフレットは、この映画館が独自に刷った、特別企画で上映している作品のあらすじなどをざっくり紹介した、いわゆる〝ペライチ〟の紙だ。  ペライチにしては、短編映画のメイキングにまつわる話や、撮影秘話なんかがしっかり(つづ)られており、捨てるのがもったいないほどの出来だ。それでも、こちらは「ご自由にお持ちください」ってな性質のものだから、お金はかからない。  不思議なのは、四スクリーンしか無く、収容人数も言うほど多くない映画館が作ったパンフレットに、監督からのメッセージを紹介してある点だ。ひょっとして、ここの館長と監督が旧知の仲だったりするのだろうか。 「ほうほう、思ったとおりだ。このパンフレットには、短編映画の紹介文と、シーンの解説やらがつらつらと書いてあるな」 「ほんとだー。映画の名前は『すりーぱーえくすぷれす』だって。どういう意味なの?」 「んとな、簡単に言うと寝台列車なんだけど、この映画タイトルは寝台特急って意味で名前を付けられているな」 「列車と特急は分かるけど、シンダイってなぁに?」 「平たく言うと寝床だね。寝台列車は夜中にも走るから、眠たくなった人は、車内にあるベッドで睡眠を取るんだ。乗客はこうして寝泊まりしながら、目的地を目指すんだよ」 「そうなんだ。列車のベッドでお休みするのって、何だか楽しそうだねー」  まだ見ぬ寝台列車に心をときめかせているミオに水を差すのもヤボな話だが、一度床についてみて、そこで経験する苦い思い出もある。  一例を簡潔にあげると、がうるさい客と同じ部屋で過ごす事になった時。とてもじゃあないが、耳栓でもしなきゃ安眠できないほどの大音量だった。

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