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50.銀幕デビュー(10)

「そっちは路線バスだな。俺が言う高速バスはね、途中で停車する場所を少なくして、真っ直ぐ目的地に向かうやつだから、マイカーで移動するより安上がりなんだよ」 「ふーん。ボクが考えてたのとは違うんだねー。高速バスってどのくらい走るの?」 「それもピンキリだよ。東京から大阪まで夜通し走るバスもあるし、日帰り旅行だったら、それなりの距離を往復するツアーバスなんかが有名だな」  また俺は、ミオに対してピンキリを誤用して答えたわけだが、なにぶんにも、語感が良いから伝わりやすいんだよな。言い換えるにしても、千差万別が適切なのか、今一つ自信が持てないし。  凡百(ぼんぴゃく)を用いても耳慣れない言葉だし、そもそもこの熟語は別の意味を持っていて、「ありふれていて大したものじゃない」、みたいに否定的なニュアンスで使われる事もあるから、この場面で使うのは適当ではないと思った。  そう考えると、意味合いが付け足されて使いやすくなった、「ピンからキリまで」という慣用句の「ピンキリ」という略語が持つ、語感と利便性の良さは、似たような意味を持つ熟語や慣用句と比べても、頭一つ抜けているような気がする。 「でもバスって、二人で席に座って移動するんでしょ。腰が痛くなったりしないの?」 「そうだなぁ。運賃が安い高速バスは二人がけのシート……座席に座る事が多いから、思うような姿勢が取れないのはあるかな」 「ボク、お兄ちゃんと一緒に座れるならいいけど、他の人と同じ席にはなりたくないなぁ」  そう話すミオの意味するところを察するに、どこの馬の骨とも知れん輩が同席した場合、自分が一体何をされるのか分からない、未知の危険性を直感で抱いたがゆえの発言だったのだろう。  バス会社もそのあたりの心配事は理解しているので、家族や恋人同士は同じ座席にしてくれたり、一人旅でバスを利用する女性の座席の隣には、同じような目的を持った女性を座らせたりと、ある程度の融通はきかせてくれる。  ちなみに今日(こんにち)の高速バスは高級化に舵を切ったものもある。例を挙げると、一人座席なのは言うまでもないが、まるで個室のような解放感と、他人の目を気にしなくていいような間仕切りがなされていたりする。  もっとも、いち座席に広く長いスペースを確保すれば、一台に乗車できる客が少なくなるのは言うまでもない。だから、二列シートとは比べ物にならないほどの運賃を支払う事になる。  要はお金で快適感を買う、という話になるわけだが、俺もミオも、どうせ乗るなら、多少運賃が嵩んでも、個室でゆったり過ごしたい、という要望で意見が一致した。  ……とは言ったものの、高速バス以外にも移動手段はあるし、そもそもマイカーを所持しているから、俺たちが利用する機会はまずないかなぁ。

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