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50.銀幕デビュー(12)

 あの施設は長い歴史の中で、学問や礼儀作法、言葉使いなどを正しく躾け、娯楽は最低限に絞り、勉学と交流(コネを作る事)に力を注がせて、大会社の重役や、官僚などの国家公務員に就くほどの、才能に溢れる子を多く輩出した実績を持つ場所だった……とは伝え聞いている。  ミオのように身寄りがなく、天涯孤独だった子らを暖かく迎え入れ、裏方の立場として支え、いち社会人として独り立ちできるための、ノウハウなどもしっかり叩き込んできたのだそうだ。  ただ、数年前に園長先生が変わって、衣服やおしゃれには割と寛容になったらしい。  ミオに対し、女の子用のショーツや、ユニセックスな衣服を買い与えるようになったのも、塞ぎ込んでいた心を開かせるためだったそうだ。  もっとも、女性的なミオの愛らしさに魅せられたがあまり、「そうだ、女装させてみよう!」なんて目論んだ可能性もゼロではないんだろうけど、ミオ自身がかわいいもの好きだからなぁ。  そんなミオは大人になったら、何の仕事をしたいと思っているんだろう。初めての魚釣りで、俺なんかが到底及ばない天性の才能を発揮したから、経験を積んでプロのアングラーになれば、業界内でも引く手あまたにはなると思うんだが。 「ミオ、映画を見る前に、売店で何か買っていくかい?」 「んー? 何かって何の事?」 「ああ、ごめん。言葉足らずだったね。この映画館にある売店では、ポップコーンとかチュロスとか、飲み物を売っているんだよ」 「ポップコーンは分かるけど、ちゅろすがよく分かんないなぁ。お菓子なの?」  ベンチに腰をかけたまま、俺の話に耳を傾けていたミオが、困ったような顔で尋ねてきた。そうなった理由《わけ》は明白で、かつシンプルだ。  単純にミオは、初めて耳にした食べ物の名前から、現物が一体どういうものなのか、全く想像がつかなかったのだろう。 「そうだなぁ。チュロスを一口で説明すると、小麦粉と全卵を混ぜ合わせて、棒状で星型に整えた生地を油で揚げるお菓子……なんだけども」 「けども?」 「いや、そのお菓子のレシピ、もとい、作り方をネットで調べた事があるんだけどさ、生地になる材料が各々で違うんだよ」 「それって粉のお話?」 「うん、それが一番大きな違いかな。さっきは小麦粉って言ったけど、薄力粉と強力粉で作ったり、米粉で作ったり、ホットケーキミックスを揚げてみたり、ほんとに色々あるんだ」 「へぇー。それが全部チュロスなの?」 「まぁ。そのつもりで作ったのであれば、名目上はチュロスなんだろうな。元々はスペインとかで作ってた伝統あるお菓子なんだけど、小麦粉アレルギーがある人は食べられないから、米粉を使ったりするんだよ」 「そうなんだ! お兄ちゃん、何でも知ってるねー」 「いやいや。俺はただの受け売り野郎なだけさ」

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