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50.銀幕デビュー(14)

「ちなみに、『チュロス』の『ス』は複数形を表す言葉だから、一本だけだと『チュロ』って呼ぶのが正しいんだってさ」 「じゃあ、ボクが『チュロスください!』って注文したら、二本以上買う事になるの?」 「いやー、ならないんじゃないか? 他の国は知らないけど、少なくとも日本じゃあ、人口の半分くらいは、一本だろうが十本だろうが、そのお菓子自体を全部ひっくるめて『チュロス』って呼んでると思うし」 「ふーん。変なのー」 「はは、確かに変だな。ただ、いっぺん広まっちゃうと、その変な呼び方が定着するのはよくある事なんだよ」  余談だが、大阪市の此花区(このはなく)にある某テーマパークでは、チュロスの別名として知名度が高い『チュリトス』というお菓子を販売している。  こちらも商標は登録済みだが、専門家に相談した方が正確かつ手っ取り早いので、一介の営業マンである俺の出番は無い。 「――で。今、漂ってる甘い匂いが、チュロスによるものなんだけど、ちょっと食べてみたくなった?」 「んー……でも、お昼ご飯についてきたプリンを食べちゃったし。飲み物だけでもいーい?」 「ああ、もちろんだよ。ごめんな、ちょっと押し付けがましくなっちゃったね」 「そんなことないよー。お兄ちゃんのお話をいっぱい聞けて、すごく勉強になったから!」  ダメだなぁ、俺って。少食のミオが気を遣って、やんわり断ってくれたから良かったものの、知らぬうちに無理をさせるところだった。  とりあえず、上映にはまだ時間に余裕があるので、俺たちは売店で取り扱っている飲み物の一覧と、サイズ、つまり容量をじっくりと確かめ、各々が欲しいと思ったものを選ばせてもらった。  ミオはスモールサイズのオレンジジュース、ちなみに果汁百パーセントのものだ。俺はいつもの烏龍茶にしようと思った……が、残念な事に、この映画館では販売していないらしい。  自販機は一応置いてあるけど、紙コップに注いでくれる烏龍茶は、さすがに取り扱っていないようだ。仕方ないか、ここは飯屋や居酒屋じゃないし。  ということで、たまには気分を変えて、ゼロカロリーのコーラを映画のお供とする事にした。 「開場まであと十分ってとこだな。ミオ、おトイレは大丈夫かい?」 「うん。平気だよー」 「そっか。じゃあ、開場まで、さっきのベンチで待たせてもうらうとしよう」 「はーい」  チラッと周りを見た感じだと、次の上映を待っているお客さんの数は〝まばら〟といったところだ。  この短編映画が、いつから上映を始めたのかは分からないが、このまばらな人たちから推測するに、少なくとも、一週間くらいは経っているんじゃないかな。

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