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50.銀幕デビュー(17)

「英字は、英語の文字を表す言葉なんだよ。ローマ字って言った方がピンと来る?」 「あ。ローマ字なら分かるよ! 先生が夏休み前に言ってたの。『二学期から、ローマ字の授業を始めます』って」 「へえ、ローマ字をねぇ。じゃあ、このチケットに書いてあるやつが予習になるんじゃないか?」 「〝イー〟の五番って書いてあるよー」 「お、よく読めたじゃん。正解だよ。そのEは、一番前の座席から数えて五番目の列って意味なんだ」 「それってお兄ちゃんが決めたの?」 「うん。通路を挟んだ一番端っこの席を取ってもらったんだよ。ちなみに俺はその隣だからね」  という、俺が決めた座席に対して、ミオは特に反応を示さなかった。まぁ普通は、そういう反応になるよな。何しろこの子は、人生で初めて映画館へ遊びに来たんだから、スクリーンの構造なんて知っているはずがない。  一般的に、とは言い難いが、とにかくここのスクリーンと呼ばれる映写室には、両サイドの壁側と、中央に通路がある。  で、中央の通路は、左右に並べられた座席に挟まれている。映画館によってまちまちではあるが、少なくともここの通路は、やむを得ない事情で席を離れたとしても、他の観客の邪魔にはなりにくい。  初めての映画鑑賞に(のぞ)んだミオが、大音響に驚いたり、大画面の、目まぐるしく変わる映像を見たことによって、具合が悪くなるおそれがある。  という健康上の都合だったり、おトイレに行きたくなった時も、通路に近い座席からだと、すぐにミオを引き連れ、スクリーンの外へと出る事ができる。  仮に、列の真ん中に座席を取ったとして、座席が満員だったら、よもやの事態が起きた時、ミオを連れ出すのが非常に難儀する。  そういうリスクを回避するため、端っこの座席を選んだのもあるんだが、どうやら取り越し苦労に終わりそうだ。というのも、俺が周囲を見回して、入場者をざっと数えてみた結果、およそ満員だとは言い難いと判断したからである。この客入りなら、俺たちと他の観客が隣接する事はないだろう。  ……映画、か。短編ではあるけど、こうやって、じっくり腰を据えて見るのは久しぶりだな。  こういう時、真っ先に思い出すのが、俺がまだ小学生だった頃の話だ。下校の時間を見計らって校門前に陣取り、帰路につく児童たちを相手に、謎のおじさんが映画のチケットを手売りしていたあの頃を。  過去の作品ではあるが、某怪獣映画が五百円で見られるというので、少ないお小遣いをはたいて買った、鮮明な記憶が残っている。  あの怪獣は設定上では悪役らしいんだけど、とにかく強いし、なにぶん魅力的なもんだから、当時は恐怖感よりも、むしろ憧れの眼差しで見ていたんだよな。

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