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50.銀幕デビュー(18)

 で、上映場所は、いつも近所の公民館と決まっていた。そこでフィルムを回して放映するのだが、ジャンルがジャンルなだけに、見に来たのは男の子ばかり。  一旦家に帰ってランドセルを置き、それから、上映開始までに公民館へと集合する。そこでは、我こそが最前列を確保するのだー、ってな感じで、ほぼ毎回、座席争いが起こっていた。  ただ、その公民館には、全員が座れるだけの椅子が無い。なので、全校集会でもやるかのごとく、体操座りをしながら見るものだという暗黙のルールが、いつしか形成されていったのである。  ――ところで。  もう十五年以上前の話をほじくり返すのも何なんだけど、ああいう上映会って、果たして、合法でやっていたのかねぇ。  一応、公民館に話を通した上で場所を貸してもらっているんだから、やましいご身分では無いと信じたい。が、問題なのは、そのフィルムをどこから持ってきたんだ? って話。  もし、配給会社から借りたと仮定するなら、自主上映を行うにあたり、金額面やら権利やらの折衝(せっしょう)を繰り返した上で、どうにか折り合いがついた結果なんだろうとは思うけれども、あくまで個人の推論だしなぁ。  近傍に映画館がない地域で暮らす人たちのために、遠出せずとも、格安で映画を見られる活動を行う組織が国内に存在するのは事実だ。  まぁ。なにぶんにも昔の話だから、校門前でチケットを売りさばいていたおじさんが、その組織にいた人なのか否か、今となっては知る術がないんだが。  好意的に推測するなら、その組織の一員であるおじさんが、俺らみたいな田舎で暮らす子供たちのために、娯楽として人気がある映画を届けたかったのかも知れない。  結局のところは不明のままだが、おじさんたちの活動によって、子供たちのお小遣いで映画という娯楽に触れられ、満足顔で家路につけたのは、ゆるぎない事実である。だから今になって、あれこれ詮索するのはもうやめよう。  話を現代に戻すが、スクリーンという名の映写室は、最低限の照明しか点灯させない場合がある。そのタイミングは、主に上映前と上映後だ。  そんな場所へ初めて訪れたミオを、一人だけで歩かせるのはちょっと危うい。なので、俺がミオの手を引き、ゆるーい段差を降り、指定席であるEの列へと導いた。 「座席に文字が書いてあるの見える? ここがミオの席だよ」 「うん、ありがと。何だか変わった椅子だねー」  ミオは生まれて初めて目にした、劇場ならではのシートを、いかにも不思議そうな顔で、あらゆる角度から眺め始める。 「見て見てー。座るところがポヨンポヨンして、すぐ元に戻っちゃうの。ほら」 「はは。座る時は、そのポヨンポヨンした部分を、手で倒しながら腰掛けるんだよ」

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