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50.銀幕デビュー(20)

 うっかり、袖繋がりな例えを使ってしまったが、いずれも言葉の意味は異なる。  ……要するに、多くの人が一箇所に集まる公共の場においても、尚プライベートな空間が欲しいという、ある意味矛盾していそうな心理が働くから、端っこを好むのである。  話を(さかのぼ)ると、高速バスの個室化も、そういう願望を叶えるためのものであるから、身内や恋人以外の人とは、可能な限り接触を避けたい人が一定数存在するわけだ。  まぁ。かくいう俺こそが、その「お一人様」に数えられるんだけど。さすがに朝の通勤電車の中じゃあ、そう都合よくはいかないよな。補助シートすら詰まってるのに。 「あっ、お部屋が真っ暗になったよ」  初めての経験に驚いたミオが、声を殺し、ささやくように話かけてきた。 「そろそろ始まるな。と言っても、最初は予告編やら何やらで、十分かそこら待つ事にはなるけど」 「ヨコクヘンってなぁに?」 「簡単に言うと、もうすぐ完成しそうな映画を、近いうちに公開するよーってのを伝えるための映像だな。それをギュッと縮めて予告編って呼ぶのさ」 「そうなんだ。ねぇねぇ、ギュッとしたヨコクヘンに、怖い映画のもある?」  ミオがちょっと心配そうな目で問い確かめてくる。怖い映画にもいろいろあるが、この子はその全般が苦手なのだろう。 「今日はないんじゃないか? 怖い映画を見に来た人のために、新たな怖い映画の予告編を流すってのはありそうだけど」 「ほんと? 良かったぁー」  胸を撫で下ろし、安堵の表情で前を向き直すミオを見て確信した。やっぱりうちの子猫ちゃんは、怖いのが苦手なんだ。  そりゃあ、「何が何でも見たい!」という好事家(こうずか)による需要があるからこそ、制作する側もホラー映画を撮って供給するんだろうけど、万人が同じ好みでないのは当然なわけで。  医学的な実験の結果として、やれ免疫力が高まっただの、やれドーパミンが多く分泌されただのと言われたところで、「見なきゃ死ぬ」とかいう、非科学的な現象が続発しない限り、見たくない人は徹底的に拒絶するでしょうよ。  昔の話になるが、まだ規制がゆるい頃、ホッケーマスクを被った〝奴〟が一般人に襲いかかり、傍若無人に暴れ回る、某ホラー映画の手描き看板が存在したそうだ。  それはとても大きな看板だったし、映画館の上部に掲げられている事もあって、道行く通行人の誰もが、否が応でも目に焼き付けさせられる程の迫力があったらしい。  あえて「らしい」と付け加える理由(わけ)は、まだ物心がつかない俺を、ここへ連れてきた時の思い出話として、親父に聞かせてもらっただけだからだ。

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