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50.銀幕デビュー(25)

「ありがとな、ミオ。嬉しいよ」  上映中のスクリーンは、足元以外の照明が落とされるので、ほぼ真っ暗闇な空間と化する。その上で空席が多くなればなるほど、どこで誰が何をしているのか、全く判別がつかない。  特に、俺たちが確保したE列には、反対側の端っこに、お一人さまで見に来た男性がいるだけなので、この場は実質カップルシートみたいなものだ。  そんな暗がりの中で、あんまり進行していない映画のシナリオをよそに、俺たち二人だけは、ちょっといい雰囲気(ふんいき)になっていた。これもひとえに、ミオが愛の言葉をささやいてくれたからである。  よし! 「思い立ったが吉日」だ。ここはひとつ、彼氏である俺の方からも、ミオに対して積極的なアクションを起こしてみようじゃないか。 「……あっ。お兄……ちゃん?」  俺の右手を包んでいたミオは、突然、その小さな手の甲に未知の感触を覚えた事で驚き、思わず、上ずったようなささやき声をあげた。 「ご、ごめんごめん、驚かせちゃったかな? 今のは、俺の彼女になってくれたミオに、改めて『ありがとう』の気持ちを込めて、その、まぁ何だ。キスをしたんだよ」 「えっと。初めて……だよね? お兄ちゃんが、ボクにキスしてくれたのって」 「うん。俺って、こんなナリをしている割には恥ずかしがり屋だからさ、今みたいに電気が落ちた状態じゃないと、なかなか積極的になれなくて――」  なーんて言いつつ、勇気を出して積極的になった割には、ミオの手に、そっと口づけするのが精一杯だったってのがね。  唯一、女性としての彼女がいたあの時期に、スキンシップらしい事をほとんど取れなかったもんだから、不器用かつ、無学のままここまで来てしまった。  だから、どのようなタイミングにて、現・彼女であるミオと唇を重ね合えばいいのかが分からない。こんなに可憐で純粋なショタっ娘ちゃんの、人生に一度しかない、貴重な貴重なファーストキスをもらうには、まだ時期が早いような気がするし、この場所ではないとも思う。  何しろ、二十七歳の男と十歳のショタっ娘が奇跡の再会を果たして同居するに至り、ついには彼氏彼女の関係にまで発展しちゃったんだから、事は慎重に運ばないとな。 「ありがと、お兄ちゃん。また、いっぱいキスしてね!」 「そ、そうだな。また、そのうちにね」  ミオから、いっぱいキスしていいって言質《げんち》を取った……なんて表現は堅っ苦しいから、お許しをもらっちゃった、という事にしておこう。  はぁ、ドキドキした。これが俗に言う、「映画デート」ってやつなのか。  彼女はもちろん、女友達とすら一緒に行った経験がないばかりに、ここまでムードが高まる施設だとは思いもよらなかったな。  かたや、胸クソの悪い展開が続いていた映画に対し、さっきまでモヤモヤしていたミオだが、とっさに思い立った俺のキスによって、今ではすっかり上機嫌な〝乙女〟の顔に戻っている。  この分だと、ミオにとっての銀幕デビューは、見た映画のタイトルや内容よりも、俺に初めて口づけされた事の方が、強く思い出に残るんだろうな。

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