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51.帰路にて(2)

 ただ、この問題は、作中で〝重し〟として使われるクッキーが子供たちの食欲を刺激した事で、状況が激変する。初回の放送直後から、あらゆる製菓会社のクッキーが爆発的な売り上げを記録し、製菓業界に大きな経済効果をもたらしたからだ。  このクッキー旋風は、後に『魔法のようなプーキー現象』という、どうしてそうなったのかが分からない、実に珍妙な名前がつけられた。結果として、各社新聞の経済欄でも、その珍妙な見出しが踊る事になる。  各新聞社のグループ企業であるテレビ局も、当初こそは静観していたものの、いよいよ沈黙を続けられないほどの売り上げに至り、ついに他局でも、情報番組などでプーキー現象を取り上げ始め、今日のブームに至る。  ――ところが。  アナウンサーに憧れ、とある地方局に就職した同級生によると、他局がプーキー現象を取り上げ始めた理由(わけ)は、単純に流行遅れになる事を恐れたからではないそうだ。  このブームを取っ掛かりにして、製菓業界のスポンサーを獲得できる好機だと踏んだ上層部が、便乗する形で取り扱い始めた……というのが真相らしい。  某公共放送ならともかく、民放のテレビ局が宣伝費なしでは、とてもじゃないがメシを食えないからね。  で、その現象を、各種媒体で目の当たりにした苦情おじさんたちは、一転してプリティクッキーを激賞するようになったらしい。そりゃあ、自分が溺愛する孫から「クッキー買ってー」なんてされたら、とても苦情どころじゃないから。  ……話を今日の短編映画に戻すが、観客が抱いたメイザーへの不快感は、彼を演じた俳優にとって、これ以上ないほどの(ほま)れである。  なぜなら、観客が俳優の演技力によって、さも、メイザーが実在しているかのような錯覚を起こし、熱を上げさせる事に成功したからだ。 「あんなに悪いおじさん、いっぱいいるの?」 「ん? そうだなぁ。今はさすがに、あれだけ大っぴらにやる人はいないと思うよ。改めて映画の内容を振り返ると、頼む相手が悪かった……みたいな気もするし」 「うーん。でも、あのおじさん出すぎじゃなーい?」  今ひとつ釈然としない様子のミオは、口を(とが)らせながら、あの短編映画においての、次に納得がいかない部分を挙げた。 「まぁ悪役にしては出すぎだよな。何しろ、映画の題名に沿うような活動もしてないし」 「でしょ? だからボク、途中からは、ずっとお兄ちゃんの事考えてたの」 「え? 俺の?」 「うん。初めて、キス……してくれたから、嬉しくなっちゃって、胸がいっぱいだったんだよ」 「あ、あはは、そうだったんだ。暗がりの中ならいいかなって思って、大胆になった結果があのキスだったんだけど。ちょっと急すぎたかな」 「そんなことないよー。ボク、お兄ちゃんみたいに優しくて、かっこいい人が彼氏で良かったって思ってるんだからねっ」  そう言ってミオは、信号待ちの俺に向かって柔和な笑みを浮かべ、俺の唐突なキスを、喜んで受け入れてくれた。  今更こんな事を言うのも何だが、うちのショタっ娘ちゃんによる微笑みには、まるで天使のような神々しさを感じる。これがかの有名な、『古拙の微笑(アルカイックスマイル)』というものなのか。

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