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51.帰路にて(5)
「えーとな。この場合の鉄板ってのは、『ほぼ間違いない』とか、『確実に受ける』みたいに、百パーセントは固いだろう、って見込みがある時に使うんだよ」
「そうなんだ。じゃあ、ハンバーグは関係ないの?」
「関係ない事はないよ。ハンバーグの熱を保つために使っている鉄板も、工事現場への入り口を傷めないように敷く鉄板も同じものだからね。とにかく頑丈だからこそ、その信頼は揺るがない――って意味を込めているんだろうな」
「なるほどー。じゃあ、お兄ちゃんから見て、アクション映画はテッパンってことなんだよね?」
「そうだな。少なくとも、俺はそう思ってるよ。難しい謎解きもないし、頭をカラッポにして見られるからね。もちろん例外もあるけどさ」
「例外? 今日見た映画みたいな?」
「まぁ、あれも実質ジャンル違いだから例外だな。アクション映画の場合だと、主人公が最初から強すぎたり、ろくなピンチにもならずに終わるやつは、正直白 けちゃうんだよ」
「えっと……」
突如として言葉に詰まったミオは、ぷにぷにのほっぺを引っ張りつつ、俺が挙げた「例外」の意味するところを頭に思い浮かべているようだ。
「お兄ちゃんが言った『白けちゃう』は、もしもプリティクッキーが一回も負けそうにもならなかったら、って例えで合ってる?」
「うん。その例えも正しいと思うよ。主役がずーっと敵なしのまま強かったら、応援のしようがないだろ?」
「だよね。痛い目に遭 うのはかわいそうだけど、そんな時こそ応援したくなっちゃうもん……」
「ふふ、ミオは優しいからね」
ローカルな鈍行列車の通過を控え、降りた遮断器 が上がる時を待ちながら、俺はミオの頭をそっと撫でた。
二人が初めて出逢った、四年前の児童養護施設。そこで当時の園長先生に、まだ青二才の営業職だった俺が必死でこさえたプレゼン用の資料を読んでもらいつつ、口頭での補足説明を交えた結果、これ以上ないくらいの色よい返事を貰えた。
つまりは契約成立だ。
権藤課長による厳しい指導が実を結んだ事で、安堵のあまり、喜びが顔に出てしまったのだが、そんな俺に興味を持って近づいてきたのが、当時六歳のミオだ。
爽やかなブルーの髪の毛を短くカットしたミオは、無言ながらも、真っ直ぐ俺の方へと歩いて来た。あの時から既に、男女の区別がつかないほどの美形だったと記憶している。もしも短髪じゃなかったら、俺はおそらく女の子だと思いこんでいただろう。
で、その愛らしいミオに、契約がまとまった嬉しさのおすそ分け……ってわけじゃあないんだが、とにかく頭をナデナデして可愛がった事は、おぼろげながら覚えている。
あの時以来、ミオは俺にナデナデされる事で幸福感が満たされ、その心地良さにうっとりするようになった。が、誰に対してもそうなるかというと、どうも事情が異なるらしい。
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