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51.帰路にて(6)

 昨日見ていて気づいたが、俺の親父とお袋がミオの頭を撫でても、この子は特に、感情の変化を示さなかった。まぁ初対面で緊張したという事情もあるんだろうけど。  デパートにて出くわした佐藤に至っては、まず近づきたがろうともしなかった。ミオは俺の後ろに引っ込んで、時折顔を出す程度。いくら警戒心の薄い子猫ちゃんでも、さすがに本能が働き、身の危険を感じたようだ。  佐藤の奴はきっと、常に女の子を渇望するハングリーさが顔に出ているんだろう。何しろ、付き合って一年も経たない彼女に内緒で、二泊で十万円もするホテルの予約を取るくらいだからね。  極めつけには、俺のデスクに立ててあるミオの写真を見た佐藤が、「ありやな」と言った事を、こっちは忘れてないんだからな。あの節操なしめ。  ――とにかく。  かように一途なショタっ娘ちゃんは、ひと度甘えんぼうのスイッチが入ると、撫で終わった俺の手を愛おしそうに包み込み、柔らかなほっぺでスリスリして甘えてくるんだ。  ここまで恋愛にひたむきな子が、児童養護施設で(ふさ)ぎ込んでいたとは、とても信じられないし、想像もつかない。  ミオが捨て子だと明かさなければ、今のように、天真爛漫(てんしんらんまん)なショタっ娘のままでいられたんじゃないのか?  この子が親に捨てられた事実を知っていたのは、あの施設では園長先生の他、子供たちの世話を務める一部の職員だけだと聞いている。  先代の園長先生はとても優しいおじさんで、ミオを施設へ迎え入れた際、名前しかないのはかわいそうだからと、自分の名字である〝唐島(からしま)〟を分け与えてあげたそうだ。  そんな人が、ミオの心に傷を負わせるようなマネをするとは、到底考えられない。  現在の園長職に就いているおばさん先生も、塞ぎ込んだミオの事は常々気にかけていた。だからこそ、ミオにショーツやら衣服やらを自由に選ばせ、買い与えていたわけだ。  その衣服や下着の代金を、一体どこから捻出したのかを知る術はない。営業職の俺にとって、あの児童養護施設は大切な顧客であるし、そもそも取引先のプライベートな事情に踏み込むのは職務外で、社会通念から逸脱した行為にもあたるからだ。  とにかく二人の園長先生は、可愛がり方こそ異なるものの、〝シロ〟と見て間違いない。  だったら残るのは職員だから、彼ら……あるいは彼女らの仕業という事になるのだが、なぜ、ミオの忌まわしい過去を吹き込んだのだろう。  何の罪もない子供に対し、生い立ちを(つまび)らかにする事の何が、正しい育て方だと判断したのか。とてもじゃないが、許せる行為ではない。 「あ! ごめんねお兄ちゃん。電車、もう行っちゃったよー」  電車の通過が終わり、カンカン鳴らす踏切の警報音が消えたことで、夢中になって甘えていたミオが、ハッと我に返った。

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