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51.帰路にて(9)

「え!? 俺はまぁ……その、彼はイギリス人だから鼻も高いし、男前の基準が違うんじゃないかな」 「じゃあ、日本の男前はお兄ちゃんってことだよね!」 「ははは。ま、参っちゃったな。そんなに男前かい?」 「うん! すっごく男前だよー。お兄ちゃんが笑った時の顔も優しいから、ボク、大好きなの」  うう、何て嬉しい事を言ってくれるんだ。例の元カノには「シケた(ツラ)で隣を歩かないでくれる?」と突き放され、自信を失いそうになったというのに。現・彼女であるミオのべた褒めっぷりは、まるで正反対じゃないか。 「だからレニィ君たちも、お兄ちゃんのことを好きになったんでしょ?」 「そういうもんかなぁ。あの二人に好かれているって事は、薄々感づいてはいたけど。外見も含めてって言うほどの自信は――」 「もぉ! お兄ちゃんってば、いつもそうなんだからー。それって、自分の事を『低く見積もりすぎ』って言うんだよ。意味は分かるでしょ?」 「うっ。な、なかなか大人っぽい例え方を知ってるじゃないか。確かに、ミオの言うとおりかも知れないな」  見積もりうんぬんの例え方は、営業職である俺の領分だと思っていたが、先手を取られてしまった。  もっとも、ミオはミオで、同じクラスの子らと会話を交わす機会が多い。ゆえに、その過程であらゆる言葉を吸収し、自分のものにしていった結果があれなんだと思う。 「むー。ほんとにそう思ってる?」 「今は思ってるよ、ミオのおかげでね。全くモテない時期が長かったから、自分のダメなところを探していくうちに、いつの間にか卑屈(ひくつ)な男になっちまったんだろうな」 「難しい言葉は分かんないけど……お兄ちゃんが女の子にモテない理由は、お顔にあるかもって考えてたんでしょ」 「うう。この際だから白状するけど、ミオの見立て通りだよ」  胸に突き刺さるような直言に対して、できる反論や弁解の余地はない。自分が抱いた劣等感を見透かしたような指摘だけど、事実だからなぁ。  かように鋭い洞察力で、自分自身のイケメンぶりが、いや、最近では顔面偏差値(がんめんへんさち)と言い表すのが主流なのか。  とにかく、その偏差値を褒められた立場の俺自身が、自己評価を低く見積もり続ける事に、ミオはもどかしさを覚えたようだ。まだ奥歯の乳歯も生え変わっていない、若干十歳のショタっ娘ちゃんをお嫁さんにする約束まで交わしたのに、未来の亭主がこんな調子じゃダメだよな。  先程の直言に対し、「配慮が足りない」だの「直球すぎる」だのと言い逃れ、茶を濁すのは容易な事だ。でも、それはさすがに大人げがない。そもそもこの子は、俺のルックスを褒めてくれているのだから、むしろ喜ぶところだろう。  ミオはまだ伸び盛りな最中につき、言葉の学習を続ける上で、たまには少々きつい物言いになる事もある。でも、それは許容範囲だと俺は思う。  大人が相手の心境を(おもんばか)り、あえて遠回しな表現を用い、時にはオブラートに包んだりして気遣うのは、過去の失敗を教訓として学んできたからだ。だからといって、ミオに「わざと失敗しろ」とは、口が裂けても言わないけれども。

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