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51.帰路にて(17)

 言うまでもないが、何が面白くて、誰にどういう印象を抱くのかは、他人が決めることではない。だが、「無理が通れば道理が引っ込む」という(ことわざ)がある。  俺よりも入社が三年早いあの先輩は、大口の契約を取り付けた事が係長に激賞され、その日を境に〝天狗〟へと化した。それだけならまだしも、本人がひた隠しにしていた性格の悪さが顔をのぞかせる、最悪の事態をも招いてしまったのである。  俺と佐藤にはガタイで負けているからなのか、あまり絡まれる事はなかった。が、同じ後輩の何人かは、その押し付けがましい悪癖を指摘した事によって、逆上した先輩から殴られた事もあったそうだ。  しかも念入りに調べ上げた、人目につかない場所へとわざわざ連れ込んでの暴行だったと聞くから、尚更タチが悪い。  かような悪行に鉄槌を下したのが、鬼の権藤(ごんどう)課長だった。ある日、課長は朝一番で先輩を呼び寄せるなり、凍てつくような眼差しを向けながら、突き放すようにこう言ったのである。 「組織に必要ない奴の特徴を知っているか? ひとつは自分の価値観を押し付ける事で、もうひとつは権威や暴力で服従させる事。その全てに該当するのが」  事の一部始終を間近で見ていた佐藤の話では、権藤課長の上役である秋吉(あきよし)部長は、何かを察して急遽(きゅうきょ)その場に立ち会い、間をとりなそうとしたらしい。もっとも、課長の冷酷無比な眼力に恐れをなして足の震えが止まらず、ひと言も口が聞けなかったそうだが。  それから数日後。事実上の戦力外通告を突きつけられた先輩は、まるで青菜に塩でもかけられたかの如くしょげ返り、逃げるように会社を去ってしまった。  後に聞いた話によると、後輩社員一同から寄せられた状況改善の要望に対し、秋吉部長は「彼は営業成績が良いから」という理由で黙殺する腹積もりだったらしい。  だが唯一、権藤課長だけは、迷惑な先輩の横暴な振る舞いを許さなかった。課長が鬼と呼ばれるに至った所以(ゆえん)は、きっと、「心を鬼にする」という意味も含まれていたんだと思う。  ――とまぁ、ひょんな事で過去の嫌な記憶を呼び起こしてしまったが、とにかく、俺はミオにもキッズスマホを持たせてあげたいのだ。もちろん、本人の意思を尊重した上で、という条件はつくが。 「キッズスマホは子供向けに作ってあるから、そう難しくはないと思うよ。防犯ブザーとしても使えるし。それにさ、仮にミオが家の外にいたとしても、いつでも俺に電話できるじゃん?」 「あ、そっか! いつもはお家から電話してて気が付かなかったけど、キッズスマホがあれば、ボクがお出かけ中でも、お兄ちゃんとお話できるんだねー」 「そういう事。だからミオにも買ってあげたいんだよ。お盆休みの間なら、携帯ショップも空いてそうだしな」 「ありがと。でもお兄ちゃん、ほんとに大丈夫?」 「ん、何が? 操作方法の事かい?」 「それもあるけど、お金のこととか……」

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