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52.夏の終わりに(1)

「えー? 義弘、ミオちゃんを連れて、そんな映画見に行ったの?」  渋滞のせいで長くなった運転の疲れを癒やすため、ひとっ風呂浴びてきた俺とミオに、驚きをもって聞き返してきたお袋の反応がこれである。  俺はまだ余力が残っているからいいものの、ミオは湯船に浸かった途端、ウトウトし始めたから、早くお昼寝させてあげたいんだけどなぁ。 「映画の話は後でするよ。それより先に、ミオを休ませたいんだ」  ミオはおそらく、実家に帰り着いた事で安心感を覚え、気が安らかになったんだろう。張りつめた緊張の糸がほぐれた、そんな様子だった。  つまり、それだけ俺の実家に信頼を寄せてくれているという事だが、渋滞した道路を往復する時間、ずっと助手席に座りっぱなしでいるのは、さぞや疲れただろうな。  脱衣所に置かれた着替えのショーツを後ろ前が反対で穿きそうになったり、髪の毛を乾かすために渡したタオルを被ったまま、床に腰を落としたりする。そのくらい、眠気が強い状態なのだ。  ミオはタオルを手に取らず、座り込んだ脱衣所で眠りにつこうとしたので、俺は慌ててミオを抱き起こすと、タオルやドライヤーで髪を乾かし、湯冷めさせないよう万全を期して、リビングのソファーに寝かせる事にしたのだった。 「あら。わたしたちの天使ちゃんは、すっかりなようね」  お袋は小声でそう言いながら、持ってきたタオルケットを、幸せそうな顔で寝ているミオの体にそっと被せた。 「今日はしんどかったよ。アーケード街で遊んだ事よりも、往復する移動時間の方が長くてね」 「やっぱり他府県ナンバーが多かったんでしょ。とにかく混むのよ。あんたが一番知ってるだろうけど、皆が遊べる場所は、あっちにしかないんだからね」 「確かにな。で、何だっけ。俺たちが見た映画の話かい?」  俺はリビングの椅子に腰掛け、凝り固まった肩をほぐしながら、改めてお袋の話を聞く。 「ええ。見てきたのは『スリーパーエクスプレス』でしょ? 短い映画で有名な」 「有名なの? あの映画を撮った監督の新作が出るからって、企画として上映してたんだよ。ちょうどいい長さだし、チケット代も安かったからさ」  今しがた、お袋が皿に盛って差し出したバタークッキーを一口かじりながら、俺はロードムービーという体なのに、ほとんどロード要素のない、あの奇妙な映画を振り返っていた。 「たまにやるのよね、あそこの映画館。『仁義なき戦い』が出る前に流行っていた任侠(にんきょう)モノ特集とか」 「え、ニンキョー? 何それ? 聞いた事ないな」 「でしょうね。あんたが生まれる前に作られた映画だから。義弘を含めた若い子は、任侠なんて言葉を知らなくてもいいのよ」  なんて言われると余計に気になってくるんだが、お袋が話す当時の任侠映画の中には、フィルムがモノクロ……要するに、白黒の作品が多いそうだ。たぶん、ミオはそこまで(さかのぼ)って見たいとは思わないだろうな。俺と一緒で、任侠が何なのかを知らないし。

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