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52.夏の終わりに(3)

 つまりお袋は、養育里親である俺が、毎月ミオにあげているお小遣いの額を知りたいらしい。ただ、それを聞いたところで、一体何の参考にするのか分からんわけだが。 「三千円だよ。毎月一律ね。さすがに来年のお正月は、もっと奮発するつもりだけど」 「え? 三千円もあげてるの?」  金額を聞いたお袋は目を丸くする。 「あげてるよ。ミオも十歳なんだし、驚くような数字じゃないだろ」 「でも、お母さんは義弘に、その半分もあげてなかったでしょう? ちょっと多いんじゃない?」 「んな事ないって。というか、いつまで俺の小学生時代を物差しにしてるのさ。あの時とは物価やら何やらが違うんだから、三千円くらいが相場だろ」 「そんなに違うかしら。今でも駄菓子屋に行けば、まだ十円でガムの一つは買えるわよね? あの、黒い猫みたいなのが」  ……今ひとつ、質問の意図が分からないな。何でお袋は駄菓子のガムを例に挙げてまで、「お小遣いに三千円は多い」と食い下がってくるんだ? 自分が渡すわけでもないのに。  日常的に買い食いしている前提なら、幼い児童らにとって、安上がりで済む駄菓子はありがたい存在だろう。ただ、ミオ本人は少食であるがゆえ、その例えは何ら意味をなさない。  しかも、ミオが自らのお小遣いで買い集めているプリティクッキーの本は、一冊あたり八百円もする。毎月のように新刊が出ないのは確かだが、ただ単に、漫画本を買うだけの使途に留まらないからこその三千円なわけで。 「そりゃガムは買えるけど、例のチョコは十円じゃなくなったし。ファーストフード店だって、今はもう、『サンパチトリオ』やら『サブロクセット』やらで勝負できる時代じゃないんだよ」  ぶっちゃけた話。今しがた例に挙げた各ファーストフード店の格安セットは、俺が生まれる前に勃発した価格競争なので、その詳細は知らない。  ハッキリしているのは、ハンバーガーにポテト、そしてドリンクのセットを頼んでも、ワンコインでお釣りが来る時代は終わったという事である。  期間限定で、激安セットを復刻させて客を呼び寄せる手段はあるだろうが、肝心な利益を出せなければ、今度は企業に勤める社員やバイトさんがメシを食えなくなる。そんなのは本末転倒だ。 「理屈は分かったけど、ミオちゃんは何に使っているの? その三千円を」 「今日みたいに漫画本を買ったり、小洒落た文房具代に当てたりしてるな。ミオはそんなに物欲がないから、残った分は全部貯金に回してるんだ」 「偉いのねぇ。おもちゃも欲しがったりしないの?」 「興味は持つけど、欲しがったりはしないんだよ。物によってはいい値段するからな」 「いい値段って、ミオちゃんのお小遣いでも買えないくらい高いってこと?」 「そりゃもう、上を見たらキリがないよ。ミオが唯一興味を持ったプリティクッキーのクッキングトイだって、さすがに万札が飛ぶほどじゃないけど、それなりの価格設定だったからね」 「クッキングトイ? 料理ができるおもちゃって事よね、それ」  どうやら、お袋は「クッキングトイ」というジャンルのおもちゃを見聞きした覚えがあるらしい。まぶたを閉じ、眉間にシワを寄せ、顔をしかめて何かを思い出そうとしている。

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