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52.夏の終わりに(4)

「うん。その様子だと、お袋にも見覚えがあるっぽいけどさ。もしかしてクッキングトイって、そんなに昔からあったの?」 「あんたも失礼な事言うわね」  オバハン扱いがよほど気にさわったのか、お袋は記憶たどりを一旦止めると、鋭い眼光を向けてひと(にら)みしてきた。 「まぁ確かにあったわよ。詳しい名前は思い出せないけど、小さなコンロでホットケーキを焼いたり、ポップコーンを作る玩具がね」 「へぇ。ホットケーキのは有名だから知ってるけど、ポップコーンが作れるおもちゃまであったのは初耳だな」 「お母さんの昔話はしなくていいのよ、別に。ミオちゃんが興味を持ったおもちゃも、そういう類のものだったのなら、お小遣いでどうこうできる代物じゃなさそうね……って言いたいわけ」 「ああ、なるほどね。実際その通りだよ。だから、それなりに値が張るおもちゃは、俺が買ってあげるようにしてるんだ。ミオが心配しないように、気を遣いながらね」  という俺の気配りに感心する一方で、お袋は、我が子を(あわ)れむような眼差しを向けてきた。俺は何度もこういう目を見て育ったので、その眼差しを向けたお袋が、一体何を言いたそうにしているのか、だいたいの想像はつく。 「義弘はそこまで優しい心を持っているのに、どうして彼女が一人だけしかできなかったのかしらね」 「今はミオがいるから二人だろ。というか、俺が言えた義理じゃないけど、彼氏は優しいだけじゃダメなんだって。あの元カノも最初の方こそ慎ましくはしてたけどさ、徐々に本性を表した結果があれだからな」 「あの娘は、元々そういう性格だったんでしょ。お金の事はともかく、目も当てられないくらいの酷い言葉を使うのは、要するに育ちが悪いのよ」 「つまり、あの元カノは両親の影響で、口が悪くなったと?」 「育てた両親に責任があるって話よ。仮にその娘が、学校とかテレビとかの影響で汚い言葉を使いだした時、それを叱りつけて止めさせるのが親の努めなんだから」 「うーむ。生い立ちまで聞いた事がないから予想で喋るけど、いわゆる放任主義みたいな感じなのかな」 「好意的に解釈するなら……と思ったけど、あれだけ歪んだ原因は、育児放棄の方が近いんじゃないの。義弘だって、ミオちゃんにそれとなく注意する事はあるでしょう?」 「うん、ある。確かにある」  とは言ったものの、ミオの場合は『ゴールデン』みたいに、天然で呼び名を間違って覚える事が多いだけなので、叱ったりする状況にはならないんだけど。  ――こんな感じで、過去の話題を持ち出して雑談できるのは、現・彼女のミオが、ただいまお昼寝の真っ最中だからこそだ。そしてもうひとつ、お袋があの元カノに関して、こうまで踏み込んだ話をしてくるようになったのも、それなりの証拠を掴んでいるからこそなのである。

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