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52.夏の終わりに(5)

 そもそも俺は、あの元カノと婚約を果たすまでは、両親に、自分に交際相手がいることを明かすつもりはなかった。  なかったのだが、ある年の帰省中に状況が一変した。俺が移動疲れを癒やすべく風呂に入っているさなか、このテーブルに置いていた俺のスマートフォンから、けたたましい通知音が鳴ったのだ。  そのけたたましい通知音を聞いたお袋は、俺が勤める会社からの緊急連絡では? と思い、とっさにスリープ状態のロックを解除したのである。  お袋はそこで初めて、メッセージアプリを介して送られてきた、元カノによる無心を知ったのだ。  で、その日は晩ご飯と洗い物を済ませた後、親父も同席の上にて、柚月家初めての家族会議が開かれた。議題はもちろん、彼氏の俺を〝財布代わり〟にしてきた元カノの名前や年齢、そして被害総額の追及。  繰り返しになるが、俺は彼女と婚約して、互いの意思に揺るぎがない事を確信した後に彼女を実家に連れ、正式に紹介するつもりだった。  だがその前に、お袋があの無心メッセージを目にしたものだから、最初はお金を使って、女性の〝ヒモ〟を養っているのかと、厳しく問いただされるハメになったのである。 「義弘がそばにいる限り、ミオちゃんは誤った道へ進まないし、言葉使いも心配いらないとは思うのよ。でも、あの(むすめ)だけはどうにもならなかったでしょう?」 「確かにならなかったな。最後まで改心できる可能性を信じてたけど、そうなる前に開かれた家族会議では、終始、針のむしろに座らされてるような気分だったし」 「そりゃ会議にもなるでしょ。あのスマートフォンに何てメッセージが書いてあったのか、お母さんは今でも忘れてないんだからね」 「んー……どうしたの? お兄ちゃん。難しいお話?」 「え!?」  俺とお袋が神妙な面持ちで話をしているのが耳に届いたのか、タオルケットをマントのように羽織ったミオが、眠い目をこすりながら、俺の隣に座ってきた。 「ミオちゃん、ごめんなさいね。わたしたちのせいで起こしちゃったみたいで」 「んーん、そんなことないよ。さっき起きたら、お兄ちゃんたちの声が聞こえてきただけだから」  ミオはそう答えるなり、隣にいる俺の二の腕にほっぺたを擦りつけて甘え始めた。お袋を信用し切っているからなのか、人目をはばかって自制するつもりはないようだ。  それを羨ましそうに見ているお袋の心情を察するに、チャンスがあれば、自分にも甘えて欲しいのだろう。  ふと壁掛け時計を見ると、ミオがお昼寝をしてから、およそ三十分ほど経っていた。昼寝の理想的な時間は三十分ですよ、という説を唱えるウェブサイトは結構あるので、ミオはその説に沿って昼寝できた事になる。

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