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52.夏の終わりに(6)

 他にも、昼寝は十五分から二十分くらいに留めようとか、昼寝する前にカフェインを摂りましょう、といった細かい助言もある。  一般的な周期として、入眠からおよそ九十分後に訪れる、「ノンレム睡眠」という〝深い眠り〟から覚醒する事は推奨されない。  なぜなら、ノンレム睡眠から目を覚ますと「寝ぼけ状態」に陥るおそれがあり、仕事でうっかりミスを起こしやすくなるからだ。  そのミスが致命的にならないよう、「昼寝で一時間以上寝たらあきませんよ」と注意喚起を促しているのだと思う。  ただ、この世には、一日に三時間しか睡眠時間を確保しなかった(あるいはできなかった)、『ショートスリーパー』の偉人、あるいは有名人が多数存在する。三時間はすなわち百八十分。一般人なら、ぐっすり眠っている真っ最中だ。  時のフランス皇帝、ナポレオン・ボナパルトも、ショートスリーパーとして有名な人物だ。肝心な睡眠時間の記録こそ無いものの、彼が毎日、三時間しか寝なかったという伝説が広く伝わったのは事実である。  で、その短い睡眠時間を、一般的なレム睡眠・ノンレム睡眠の周期に当てはめると、彼はおそらく、浅い眠りのレム睡眠から覚醒していたらしい。  近年では、当時の史料に紛れた伝承や、医学的な見地も考慮した上で、ナポレオンの睡眠時間について再調査がなされている。つまり、多忙を極めたナポレオンは、実は昼寝をしたり、馬上で眠ったりして、少ない睡眠時間を補ったかも知れないというのだ。  どこまでがほんとなのか分からないが、ナポレオンが小太りに描かれた肖像画を見て、彼を死に追いやったのは「睡眠時無呼吸症候群(すいみんじむこきゅうしょうこうぐん)(SAS)だった!」という仮説を立てた人もいる。  治療法が確立されていない当時に睡眠時無呼吸症候群を患っていた場合、彼はヒ素による毒殺や胃癌よりも真っ先に、などを併発して死亡した事になる。寝ている間に呼吸が止まるSASは、そのくらい深刻な病なのだから。  ただ、ナポレオンの生涯を追ってみても、彼は閉塞性(OSAS)の特徴である、〝大いびき〟をかいて寝ていたという記録が確認できない。ゆえに、この仮説も決定打にはなり得ず、胃癌による病死という説が現在でも最有力なのである。  ……てな感じで、俺は興味本位で学んだ知識を引っ張り出し、あれこれ考察するような事がよくある。  そっちの方に没頭しているがあまり、ついつい他の事が疎《おろそ》かになってしまうクセがあるのだが、ミオは俺の二の腕に頭を預けたまま、お袋と何やら話をしていた。 「うん。ボクにも元カノさんの話してくれたよー。いっぱいひどいことを言われたって」 「やっぱりミオちゃんにも話してたのね。まぁ仕方ないわ。実際にひどかったんだから、誰かに聞いて欲しくもなるわよ」

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