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52.夏の終わりに(7)
「そだね。お兄ちゃんが観覧車に乗ろうって誘った時も、『バカと煙は高いところが好きよね』って突き放されたんだよー」
「えっ!? 義弘、あんた、そんなことまで言われてたの?」
「あ? ああ、確かに言われたよ。今しがた、ミオが話してくれた通りに。一言一句間違いなくね」
「あの娘、相当性格が歪んでるわね。観覧車が苦手な気持ちの裏返しならともかく、ただ理由もなく、単純に義弘が罵倒されただけなんでしょ?」
「だと思う。情けない話だけど」
「何言ってんの。恋人同士で観覧車に乗ろうってだけの話よ? なのに、突然そんなひどい言葉を浴びせられて、彼氏のあんたが情けない思いをする理由はどこにあるわけ?」
「そうだよー。お兄ちゃんはボクのお願いを聞いてくれて、一緒にデパートの観覧車に乗ったんだからね。すっごく優しい彼氏なんだよ」
こんな調子でお袋に自虐的な発言を正され、ミオというショタっ娘の彼女にまでフォローしてもらえたおかげで、改めて俺は間違ってなかったんだなぁ、という自信が芽生えてきた。
だったら尚更おかしいよな。何であの元カノは、観覧車へ乗ろうと誘った俺を、あそこまでコケにしてきたんだろう。さっきお袋が言ったように、実は高所恐怖症だったとか?
まぁ、どうでもいいか。終わったことだし、未練だって欠片も残っていないのに、あの時何て言えばよかったか、考えるのは時間の無駄でしかない。かわいい観覧車の中で、ミオと俺が頬を寄せ、記念に写真を撮った思い出の方をこそ、大切にしまっておくべきだろう。
「で、義弘。あんた無心の話、ミオちゃんにも聞かせたの?」
「もちろん聞かせたよ。お金じゃなくて、主に物の方でね」
「んー? ムシンってなぁに?」
下唇に人差し指を当てながら、ミオが見聞きしたことのない単語の意味を尋ねてきた。知的探究心の強いミオが、こんな感じで俺に質問するケースはよくあるので、教える方としても、何らためらいを持たない。
もし即答できない、知識の引き出しにない単語が飛び出しても、いざとなったらスマートフォンやパソコンをネットに繋ぎ、その単語が持つ意味を検索すれば、きっちりと裏も取った答えが得られる時代になったんだし。
……もっとも、その検索による情報収集は、聞かれた単語の意味が健全な使い方をされているのならば、という前提のもとで行われる。
例えばミオに「不純異性交遊」ってなぁに? と聞かれた場合。ネットがある現代で、その答えが白日 の下 に晒されるのは時間の問題なのだから、教える立場の俺がシラを切るのは、ただの悪手でしかない。
なので、かように不健全な単語の意味を問われた場合、俺は幾重にも包んだオブラートで答える事にしている。その説明の最後に、学校とか友達の前で使っちゃダメだよ、という注意のひと言を添えて。
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