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52.夏の終わりに(8)

「まぁその何だ。元カノの浪費癖が強い話は、前にも聞いた事あるだろ?」 「うん。確か、高ーいバッグを買ってっておねだりされたんだよね」 「そう、そのおねだりの事だよ。ただ、無心ってのは、いい意味で使う言葉じゃないんだ。強突く張りで、厚かましいねだり方をするから、元カノ版のおねだりは〝無心〟って呼ばれるのさ」 「義弘。今ミオちゃんが言った、高ーいバッグは、二回目の無心だったってこと?」 「二回目だね。結局買わなかったけど。もうお互い冷め切っていた時期の話でさ、向こうも、ダメ元でタカろうと思ったんじゃないかな」 「買い与えてないのならいいけど。どうせあの娘の事だから、さぞや高級なものを要求したんでしょうね」 「まぁね。お袋が見た、スマートフォンのメッセージに載ってたやつよりは安かったかな。ちょっと格を落としたものなら、どうにかなると思ったんじゃない?」  という俺の推論を聞いて、お袋が大きなため息をついた。元カノはから全く懲りていなかったのかと、改めて失望したらしい。  繰り返しになるが、お袋は、俺のスマートフォンに届いたばかりの、元カノ(当時はれっきとした彼女)による無心のメッセージを目にしている。  そこでお袋は、どこの馬の骨とも知れぬ女が、うわべだけ彼女のように慕うフリをして、自分の息子を財布代わりにしているのかを知ってしまったんだ。  まかり間違って、愛のメッセージを送って来たのなら、お袋もそっと、スマートフォンをスリープ状態に戻していたかも知れない。  ところが元カノのメッセージは、「今すぐ欲しいから買って」という節操の欠片もない、がめつさ百パーセントで高級バッグを無心してきたのである。  ちなみに、元カノが欲しがっていた高級バッグの価格は、およそ十二万円。言うまでもなくブランド物で、庶民がおいそれと買える代物ではない。  かように高価なものを、さも日常茶飯事のごとく「買って」と要求している事を知ったお袋は、あの女に対して強烈な憎悪を抱き、結果として家族会議へと繋がったのである。  それ以来、柚月家では、あの鬼畜生(おにちくしょう)を名前で呼ぶ事は許されなくなった。時系列で順を追うと、俺はその鬼畜生と別れ、心に負った深い傷が癒えた後にミオを迎えれ入れている。よって、ミオはその女の本名を知らない。 「ねぇねぇお兄ちゃん。その元カノさん、何てお名前だったの?」 「……ん? 名前!?」 「うん。ずーっと元カノって呼んでるけど、お互いに名前を知って付き合ってたんでしょ?」 「そりゃそうなんだけど、何と言ったらいいのか――」 「いいわよ義弘、今日ぐらい。聞かせてあげなさい」

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