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52.夏の終わりに(9)

「でも、親父は?」 「和室で昼寝してるわよ。昨日は大きい仕事を終えての帰り道だったのに、年甲斐もなく張り切っちゃったからね。少なく見積もっても、あと二時間は起きないんじゃないかしら」 「そっか」  俺はあえて、ミオが変な罪悪感に(さいな)まれないよう、さも気にしていないフリを装って返事した。  お袋の話によると、ミオが実家へ遊びに来ると聞くや、孫に喜んでもらいたい一心で、花火専門店でバリエーションに豊んだ、オリジナルの花火セットを先払いで確保したのだそうだ。  で、俺とミオが帰省したその日の夕食後。手持ち花火で楽しそうに遊ぶミオを見守っていた親父は、燃えカスになった花火のゴミ始末までやってくれたのである。  確かに昨日は移動疲れが残っていたし、ミオの体調を(おもんばか)るに、あまり無理はさせられないとは思っていた。けど、親父だってもう五十代なんだから、せめて俺にやらせて欲しかったんだけどな。 「さ。お父さんの話はもういいから、洗いざらい喋ってしまいなさい。それからミオちゃん。これから聞く事は、お祖父ちゃんの前では、絶対に口にしないでちょうだいね」 「はーい」  ミオが右手を上げ、お袋の言いつけを守る意思を示した。この子はもともと口が軽いわけではないんだけども、時折うっかりさんが顔を出すので、念を入れておくに越したことはない。 「まぁ……何だな。こう改めて言うのも変な感じだけど、元カノの名前は、上原未玲(うえはらみれい)っていうんだよ。お袋、紙とペンある?」 「あるわよ。ほら、これを使いなさい」  元カノの名前を口述しても、当てられる漢字が分からなければ説明不足になる。よって俺は、お袋が渡してくれたチラシの裏側に、サインペンで筆記する事にしたのだ。 「うえはら……が、こういう字だろ。で、みれいはこう。玲の字がちょっと難しいんだよね」 「ほんとだー。ボクが見たことない字だよ」 「やっぱりそうか。この〝玲〟は、もともと常用漢字じゃないからな。主に人名、つまり人の名前に使われる漢字としての出番が多いのさ」 「そうなんだ。でも、未玲の〝ミ〟はボクと同じ漢字なんだね」 「ん? ああ、確かにそうだな。ミオは漢字にすると未央だから、ミだけは合ってる事になるけど……」 「偶然の一致でしょ。やめなさい」  お袋が突然、厳しい口調で俺の話を(さえぎ)った。チラシに書かれた元カノの漢字に目を凝らしていたミオも、その異様さを即座に察知したようで、ビクンと肩を震わせる。 「坊主憎けりゃ袈裟(けさ)まで憎い」という(ことわざ)がある。(すなわ)ち、元カノの強欲かつ不遜な態度に憎悪の念を抱いたお袋は、その名の読みがなどころか、当てられた漢字にまで憎しみを抱いてしまったのだ。

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