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52.夏の終わりに(14)

 ミオには黙っていたが、実際のところ、それぞれの組織による〝宇宙への距離〟の定義には正解がない。  なぜなら、大気圏外……つまり、「空気が非常に希薄で全くというほど測定できない、真空状態の空間こそが宇宙なのである」という、具体的な高度を示さない定義づけがなされているからである。  国際航空連盟は、その真空状態に至る高度の目安として、海抜高度百キロメートルより上を宇宙空間だと提唱した、カーマン・ラインを採用している。  つまりカーマン・ラインは、大気層の一部と解釈した場合に含まれる、『熱圏(ねつけん)』の途中に引いた線より上は、大気(あるいは空気・気体)が存在しくなる境界線だと踏んでいるらしい。  熱圏は、高度八十キロメートルから、五百キロメートルにまで及ぶ。で、その熱圏の始まりとなる八十キロメートルから、わずか二十キロメートルをプラスして境界線を設け、「ここから上は宇宙空間ですよ」という目安を設定するために用いたのが、カーマン・ラインなのである。 「まず、ミオの居場所を割り出す人工衛星は、GPS衛星と呼ばれていてね。他のものとは違って、すごく高いところにあるけど、そんな離れたところからでも、電波の発信ができるんだ」 「他のもの? それってなぁに?」  あれ? スマートフォンが電波を受信する仕組みよりも、そっちの方に興味が行っちゃったか。まぁ説明できる範囲だからいいけど。 「例えば宇宙ステーションなんかがそれだね。人が住める人工衛星を作って宇宙に浮かせて、そこで研究やら科学実験をしているんだよ」 「でも、宇宙って空気がないんでしょ? ずっと生活できるの?」 「それはわたしも興味があるわね。その宇宙ステーションは、まずどのあたりの高さにあるわけ? 宇宙空間スレスレなの?」  まいったな。お袋が飛び入り参加しての質問攻めじゃないか。  宇宙空間のスレスレはどこなのか? という疑問への答えは、繰り返しになるが、空気(大気)が全く検知できない、あるいは存在しない空間に突入するか否かである。  ただ、アメリカ空軍は、地上より八十キロメートル先に上昇したら、宇宙空間に到達するとしている。これは熱圏と中間圏を区切るラインなので最も低い定義なのだが、とにかく、そこから一センチでも上昇すると、宇宙空間に突入するらしい。  民間企業によって開発が進んでいるスペースプレーン、つまり「宇宙空間を飛ぶ飛行機」は、民間人でもお手軽に宇宙旅行を体験できるという触れ込みでもって、世間の耳目を集めている。  ただ、そのスペースプレーンが飛行できる高度は、およそ八十キロメートルあたりを限度として設計・開発しているようだ。かような背景から察するに、肝となる「宇宙空間」については、アメリカ空軍の定義を使い、箔付(はくづ)けしているようなフシがある。

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