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52.夏の終わりに(15)

「えーとな。まず、『ISS』という略称の国際宇宙ステーションを例に挙げると、だいたい地上から四百キロメートルあたりで周回し続けているそうだよ」 「よんひゃくも? それって宇宙だよね?」 「……たぶん」 「たぶん? ずいぶん自信無さげな答えなのね」  ミオの質問に曖昧な返事をする俺を見て、お袋が、(いぶか)しげに突っ込んできた。たぶん、俺が持つ知識に限界が来てしまったのではないか? と思っているのだろう。 「自信が無いのは定義がハッキリしないからだよ。宇宙ステーションが周回する熱圏を大気圏に含むとしたら、まだ宇宙空間に出た事にはならない、って主張する人もいるからさぁ」 「でも、お兄ちゃん。宇宙ステーションって名前が付いてるから、そこって宇宙じゃないの?」 「あ、確かにそうだな。じゃなきゃ、『熱圏ステーション』になっちゃうわけか」 「うんうん。それでねお兄ちゃん、ボク、空気のことも聞きたいけど、宇宙ステーションがずっと同じ場所にいられるのかなぁ? ってのも気になっちゃったんだ」 「そっか。じゃあ、まずは宇宙ステーションの場所について説明しようかね」 「大丈夫なの? 義弘。あんたが大学で勉強した教科は文系だったんでしょ?」 「そりゃあ大丈夫ですよ。文系だろうが体育系だろうが芸術系だろうが、雑学の範囲として詰め込んだ知識が充分なら、ミオが納得できる答えは出せるからね」  ミオの気づきで定義づけを改め、ISSを代表とする宇宙ステーションが、ずっと同じ場所にいられるかどうかの説明を試みる事にした。  ISSが周回する高度の四百キロメートルは、熱圏の範囲内に相当する。その熱圏は、高度八十キロメートルから、五百キロメートルにまで及ぶ。  結論から先に言うと、ISSなどの衛星は、打ち上げられた場所に留まり続ける事ができない。なぜなら、熱圏を含む各圏を全部引っくるめた大気圏には、地球の引力が働くからである。  だからといって、熱圏が宇宙空間にまで至っていない事の証明にはならない。以前、およそ三千キロメートルという距離にまで地球に接近し、通過していった小惑星を例に挙げると、その小惑星は地球の引力によって軌道が変わり、衝突には至らなかったそうだ。  万が一墜落する事態に陥った場合、小惑星は大気圏にて分裂を起こし、その破片が隕石と化して地球上に衝突したかも知れない。  まぁ、墜落だの隕石化するだのという話はこの際関係ないし、余計な恐怖感を煽るだけなので説明に加えなかったが、接近から離脱までの話は、引力が及ぶ範囲の目安にはなったと思う。 「なるほどー。引力のお話ならボクも分かるよ。ニュートンが見つけた、万有引力(ばんゆういんりょく)のことだよね?」 「その通り。樹に実ったリンゴが落ちた時に、ってやつ。やっぱりミオは賢いねぇ」  勉強熱心なミオに、「いい子いい子」の意味を持たせて頭を撫でると、ミオは俺の腕に頬をこすりつけ、より一層甘えてきた。めんこいなぁ、うちの子猫ちゃんは。  その様子を羨ましそうに見ているお袋の心境を推し量ると、自分もミオという愛しい孫に、思いっきり甘えられたい願望があるのだろう。  ただ、ミオは人見知りをする子なので、知り合って一日や二日じゃあ、そこまで気を許さない。俺だけが唯一特別だった理由(わけ)は、ミオが俺に恋心を抱き、四年という時を経て再び逢えたからこそなのである。

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