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52.夏の終わりに(19)

「どうだい、ミオ。こうやってバケツを回している間は、逆さまになっても水がこぼれないだろ?」 「わー、ほんとだ。お水が固まってるみたいに見えるよー」  初めて見る不思議な現象に驚き、感動した様子のミオは、思わず腰を浮かし、水滴すら飛び跳ねない水の行方を目で追っている。 「ねぇねぇお兄ちゃん。どうしてバケツが逆さまになっても、お水がくっついてこぼれないるの?」 「はは、くっついてるって表現は新しいね。簡単に説明すると、こうやってぐるぐる回している間は、バケツの底に水が押されているからこぼれないんだよ」 「底に押される? それがエンシンリョクってこと?」 「まぁ一言で表現するとそういう事だな。ただし、バケツを逆さまにした状態で回すのを止めると、中の水はバシャッとこぼれ落ちる。これは重力が働いた結果だから、ごく自然な事なんだね」 「そうなんだ。じゃあ回している間は、重力が働いていないの?」 「その答えはノーだな。確かに重力は働いているんだけど、さっきみたいにバケツを回す事で発生する、遠心力が重力に等しい、あるいは勝っているから、バケツの底に引っ張られた水はこぼれないんだよ」 「なるほどー。お兄ちゃん、何でも知ってるんだね」 「いやぁ、そうでもないよ。自分が興味を持った事は、とことん調べたくなる性分でさ。しかもこんなに簡単な実験なら、誰にでもできるだろ?」 「うん、そだね。手品みたいで面白かったよー」  遠心力が何なのかを知ったミオは、終始目を輝かせ、新しい発見に胸をときめかせているようだ。どうやらこの子にとっては、よほど新鮮な実験だったんだろうな。  もっとも、この遠心力を表す実験に対して、「遠心力は間違い! 向心力こそが正解!」とか、「円運動や慣性の法則も含めないと説明不足」なんて言われるのだが、子供にそこまで異論や深掘りを伝えたところで、ただただ混乱を招くだけだ。  子供向けに、回したバケツの水がこぼれない仕組みは遠心力が働くからだよ、と説明する子供向けのサイトは多く存在するし、遠心力が作用しているのは事実なので、現状において、難しい用語やら公式やらを詰め込む必要はない。  全くの余談だが、「覆水(ふくすい)盆に返らず」という(ことわざ)がある。要するに、既にやらかしちゃった誤ちは取り返しがつかない、という意味だ。「後悔先に立たず」や、「後の祭り」などの諺が近い意味を持つ。  古代中国から伝来した諺であるがゆえに、「覆水」は聞き慣れない言葉だと思うが、要するに、容器からこぼした水を表す言葉である。

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