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52.夏の終わりに(31)

「そ、それを洗い物の後に話そうと思ってるんだよ。『俺はまだ、あの女と関係が続いている』とか、そんな壊滅的な内容じゃないからさ」 「ほんとでしょうね?」 「ほんとだって! じゃなきゃ今頃、俺はミオに顔向けできていないし、親父とお袋にも、あの子と結婚するって話をしないだろ?」  という俺の弁明を聞いたお袋は、もっともな話だと思ったのか、いつもの穏やかな表情に戻った。口調も上品、普段通りだ。 「それもそうだわ。あんたは女性に縁遠いし、二股、三股かけられるほど気の多い子じゃなかったものね」 「ん? うん……まぁ、常識的にね」  俺を産み育てた母親だから、我が子の性格は自分がよく知っている。そういう意味を込めた上で分析したんだろうけど、縁遠いって何だよ、縁遠いって。  こう見えても、先月遊びに行ったリゾートホテルでは、ミオを含めた三人のショタっ娘ちゃんから惚れられたんだぞ。立派なモテ男じゃないか。 「とにかく、俺にやましい部分は一切ない話と理解した上で、落ち着いて聞いて欲しいんだよ。親父にも、起こした後で話してくるからさ」 「いよいよ話の内容が想像つかないわね。要するに、あんたに落ち度はないけど、あの女狐(めぎつね)の話題を取り上げて、皆の前で聞かせるって事なんでしょ。その話にミオちゃんを同席させてどうするのよ?」  女狐って。お袋の、未玲に対する扱いがどんどん酷くなっていくな。そりゃまぁ、我が子をたぶらかし、金品をせびり続けてきた女がいる事を知って、激怒しない母親はいないだろうけども。  うわさ程度に聞いてはいたけど、女性が女性を嫌うって、こうまで壮絶なんだな。 「確かに、ミオには全く関係ない話だけどさ。だからって、あの子にだけ別室にいなさいって言うのは、まるで蚊帳(かや)の外へ追い出すみたいじゃん。さみしがりやな子に、俺は余計な疎外感(そがいかん)を背負わせたくないんだよ」  この説得を「もっともだ」と思ったのか、お袋は一応、ミオにも事の顛末(てんまつ)を打ち明ける話に納得してくれた。ただ、いかにも苦虫を噛み潰したかのような顔をしている。  俺も長い間息子として育ってきたもんで、お袋の心境は、その表情から読み取る事ができる。まあ、そんな顔にもなるよな。何しろ純真でかわいい孫に、「あの女狐」が関わった、社会の闇を暴いてしまうのだから。  とはいえ、ミオの性格を考えると、未玲の犯罪に影響を受けて、「ボクも悪い事をしよう!」なんて考えには至らないだろう。  うちの子猫ちゃんは、そんな悪巧みをするような子ではない。そう確信したからこそ、俺はミオを里子として迎え入れる事に、何ら抵抗を抱かなかったんだ。  その時の確信が間違っていたとは全く思わないし、今後も揺らぐことはないだろう。  ……だとしても、だ。かように胸くその悪い罪を犯したバカ女の手口や、逮捕に至るまでの詳細を聞かせることに対する、罪悪感だけは拭い切れない。

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