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52.夏の終わりに(32)

    *  食後の洗い物を終えた後、ミオとウサちゃんのぬいぐるみも同席の上で、俺たちは改めて食卓の椅子に腰を下ろす。これをもって、柚月家における、二度目の家族会議が始まったのだ。  晩ご飯こそおいしく食べられたし、各料理に関する話にも花が咲いた。しかし、今日の花火遊びがお流れになるのは避けられない。  そこまでして開会に至った会議の議題はもちろん、大阪で警察に逮捕された元カノ、未玲が犯した罪の内容等々である。できればミオに聞かせたくはなかったが、詳細を知らずにモヤモヤした毎日を送るのは、それはそれで苦痛になるだろうし。  なのでやむなく同席させたのだが、ミオは大好きなウサちゃんのぬいぐるみを抱っこしながら、口をつぐんで話を聞いている。 「つまりその女は、盃も貰っていないチンピラと組んで悪事を企んで、美人局をシノギにして金をふんだくっていたって話か?」  俺から事のあらましを聞き終え、真っ先に質問してきたのは親父だった。 「うん。佐藤が聞いた話の又聞きだけど、大阪で例のチンピラに会うまでは、日本各地をぶらついてたらしいよ」 「それこそおかしな話じゃない? あんたと手が切れた女狐は、移動や衣食住に充てるお金を、どうやって得ていたわけ?」  今度は、お袋が素早く突っ込んでくる。確かに、未玲の激しい浪費癖も考慮に入れると、全く働きもしない文無しが、気ままに国内をうろつける手段の想像がつかない。  俺と別れた未玲が大阪に拠を構える前は、どこで何をして資金を確保し続けていたのか分からないが、佐藤が言っていた「出どころの怪しい金」がカギになるんだろう。  仮に違法スレスレの事をやって旅行資金を得たとしても、しょせんは一時的なものだ。美貌を活かしたおねだり、強請り、色仕掛け諸々は、そのうち通用しなくなる。  強請られた被害者が届けを出したら、あの女が一発退場になるのは言うまでもない。  いたって普通に暮らしていれば、警察の目は光らない。ただ、何ら法を犯していないからといって、各自治体が定めた条例、例えば『迷惑防止条例』を違反すれば捕まる。スカートの中を盗撮しようとしたり、飲み屋街の客引きが、歩行者の腕を引っ張るなどの行為は条例違反だ。  もっとも、未玲が盗撮する理由はないし、職歴すらない奴に客引きが務まるのかどうか。小賢しいあいつが条例を違反するとしたら、せいぜい人気グループのライブチケットを高値でボるような『ダフ屋』と化すくらいじゃなかろうか。  他方のミオは、俺と関係のあった大人が罪を犯して逮捕されたという事実に恐怖を覚えたのか、うつむいたまま、ウサちゃんのぬいぐるみをナデナデし続けている。かわいそうに、そうでもしないと気が紛れないのだろう。  いたたまれなくなった俺が手を伸ばし、ミオの頬に触れると、ミオはいかにも愛おしそうに、何度も何度も、その手に頬をこすりつけた。良かった、まだ正気を保てているようだ。  いっぱい甘えていいからね、ミオ。 「俺が伝え聞いた話だと、未玲は怪しいお金に手をつけたんだって。その内訳やら金額やらを、今まさに、余罪として取り調べている最中なんじゃないかな」 「余罪か。あれの事だから、美人局も散々やらかしているだろうし、あんなのは叩けば叩くほど、ホコリは出てくるってもんよ」  もう、お袋だけでなく、親父までが「あれ」だの「あんなの」だのと、未玲の名前を口にする事を拒絶している。 「ホコリねぇ。それは、美人局による被害者数の多さって意味で?」

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