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52.夏の終わりに(37)
「まぁね。普通はミオくらいの歳の子には馴染みがなくて当たり前なんだよ。競馬だの、競艇だのって賭け事の名前はさ」
「ケイリンも?」
「あれはどうだろうな? 賭け事だけじゃなくて、オリンピックの種目になっているから、オリンピックの年に、いちスポーツとして見れば楽しいかもだよ」
「そうなんだ。ボク、今のお話、全部は覚えられないなー」
「いいんだよ、それで。俺や親父みたいな大人でも、賭け事そのものに興味がなけりゃ、全く覚える必要がない用語ばかりだからな」
「でも、お祖父ちゃんは色んな言葉を知ってるでしょ? それってどうしてなの?」
「う!? す、すまん義弘。フォローを頼む」
「は? そこで俺に振るわけ?」
何だかなぁ、もう。モノクロ時代から任侠モノの映画を追っかけて、中途半端に博奕の用語だけを仕入れた結果がこれだよ。〝丁半博打 〟のどっちが丁なのかも覚えられないくせに。
「えーとな。例えば俺みたいにさ、雑学の一部として、頭の隅っこに入れておいてもいいと思ったからじゃないかな。歴史の勉強にもなるしさ」
「賭け事の歴史ってこと?」
「うん。賭け事は結構古くから行われてきたからね。その時代で流行っていた賭け事と歴史がどう関係があるのかを調べるのは、割と楽しいもんだよ」
「じゃあ、ケイバとかキョウーテイも、ずっと昔からあったの?」
「キョウーテイじゃなくて……いや、いいか。正式名称なんて覚えなくても。ミオが今挙げた賭け事は、実はそれほど昔じゃないんだ」
「え。『それほど』?」
「実のところはね。歴史上では、四千年以上くらい前にやった賭け事が最も古いと言われているんだけど、その内容は競馬でもキョウーテイでもなく、全くの別物だったんだってさ」
「そんなに昔からあるんだー。すごいね、ウサちゃん」
そう言いながら、ミオは太ももの上に座らせた、ウサちゃんのぬいぐるみをナデナデしている。どうやらこの子は、博奕の内容よりも、博奕のルーツや受け継がれた歴史の方に興味を持ったらしい。
もっとも、その四千年以上前に行われた博奕は、金を賭けたものではない。何しろ、自らの運に任せて領地の奪い合いをしていたというのだから、博奕と分類していいのかどうかが怪しいのである。
「さっき話したサイコロを使った賭け事も、相当昔から流行っていたとは聞くな。何よりシンプルだからね」
「え? サイコロってシンプルなの?」
「ああ。そうだよ」
「それって、他の名前で呼ばれてたってこと?」
「うん? 何が?」
なんてやり取りを黙って聞いていたお袋は、各々のグラスに麦茶を注ぎながら、クスクスと笑い出した。
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