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52.夏の終わりに(39)

「俺は賭け事に手を出した事がないから、金額こそ分からないけど、これだけはハッキリしているんだ」 「ハッキリ? どんなこと?」 「昔はどうだったかはともかく、現代で、毎回儲けを持って帰れるのは結局胴元……つまり、賭け事の主催者でしかないんだよ。運に頼った娯楽だからな」 「ごらくー? それって『お遊戯』ってこと?」 「うーん。ある意味『お遊戯』かもね。でも、そのお遊戯に使うお金は桁違いだからな。そこでさっきみたいに、命を絶つ人が出る話へと繋がるんだよ」 「えー? やだなぁ。どうしてそこまでお遊戯するの? お金がなくなる前にやめればいいのにー」 「ミオの言う通りだよ。そこまで賭け事に熱中してしまう人を〝依存症〟って言うんだ。今でこそ、ある種の病気として扱われるんだけど――」 「え。病……気……?」  ウサちゃんのぬいぐるみを抱っこしたミオは、特段の異常もなく、おとなしく話を聞いていたのだが、病気という言葉を耳にした途端、ハッとして聞き返してきた。 「ん? 病気がどうかした?」 「分かんない。でも、その言葉を聞いたら、何だか胸がザワザワするの」 「ザワザワ? それは一体……」 「義弘、その辺で止めておきなさい。これ以上聞かせるような話じゃないでしょ」  ミオの異変をいち早く察知したのか、お袋が強い口調で、賭け事に関わる話を(さえぎ)りにかかった。 「あ? ああ、そうだね。じゃあ賭け事の話はこれで終いにしよう」  ――なぜだ?  ミオにとって、「病気」の何が引っ掛かったんだろう。今日に至るまで、何ら既往歴(きおうれき)のない元気な子が、どうして「病気」と聞いた途端、胸がザワザワしたのか、俺には全く推測がつかない。  ミオの様子が変わったゆえ、賭け事に関わる話を断ち切ったのはいいが、今度は皆が無口になる。徐々に重苦しくなりつつあった空気を打開したのは、俺に面倒な振りをしてきた親父その人だった。 「ま、あれだ。ミオくんがここまで心配している事だし、義弘もいざという時のために、あの元カノに関係する証拠品を集めておくんだぞ」 「証拠品、ねえ。銀行口座の取引履歴とか、高級バッグやら何やらを買わされた時の領収書くらいは用意できるけど。それらが何の証拠になるんだか」 「そりゃ、あんたと関係のあった、忌々(いまいま)しい女狐の余罪を洗い出すためでしょ。言わばあんたも被害者なのよ? あのアバ……」  とまで言ったお袋は、とっさに自らの口を塞いだ。おそらく美玲の事をだと罵倒したかったんだろうが、何しろ口汚い罵り方であるゆえ、ミオという、かわいい孫に聞かせるわけにはいかない。そう判断して口を閉じたんだと思う。  昨今における「アバズレ」という言葉が持つ意味や、語源などを言及するのもはばかられるので俺も黙っていたが、一つだけ明かすと、この言葉が生まれた当初、アバズレと呼ばれる対象は、何も女性に限った話ではなかったらしい。

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