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52.夏の終わりに(42)

「……なぁ義弘。ちょっと頼めるか?」 「ん? どうしたの? そんなに改まって」 「いや、その。お前とミオくんが実家(うち)にいるのも今日で終わりだろ? だから、せめて、最後にミオくんを抱っこしてもいいかな? って……」  その時俺は、(どうしてその事に許しを乞うんだ?)としか思わなかった。実家で暮らす祖父や祖母が、遊びに来た孫をかわいがる一環として、抱っこするのは至って普通のコミュニケーションじゃないか。  一応、俺はミオの方へ顔を向け、無言で片眉を上げて問いかけてみると、ミオは一瞬の迷いも見せず、その場で大きく頷いた。つまりはOKって事だ。 「ミオは遠慮しなくていいってさ。抱っこしてあげなよ」  俺とミオの両方から許しを得た親父は、一言「ごめんな」とささやき、初孫を〝お姫様抱っこ〟した。 「軽いな。ご飯は食べてるかい?」 「うん。いつもお兄ちゃんが作ってくれるの。カレーライスでしょ、それからスクランブルエッグでしょ。他にも、釣り公園で釣ったお魚を漬け丼にしてくれたりとか、おいしいのがいっぱいだよ」 「そうか。そりゃ良かった」  親父はそれだけ言うと、いかにも感極まった様子で、(せき)を切ったように涙を流し始めた。 「親父?」 「……すまん。つい、よ、義弘を抱っこした時の事を思い出しちまったんだ。『子供ってこんなに軽いんだ』って。『おれたちが守ってあげなくちゃ』って……」  涙声で心の内を明かした親父の横では、お袋が目頭を押さえてすすり泣いていた。たぶんお袋はお袋で、風邪を引いた俺をおぶって、病院へ連れて行ってくれたあの時を思い出したんだろう。 「大きくなったのね、義弘。ずっと幼いまんまだと思っていたけど、いつの間にか、こんなにかわいい子を連れ帰って来てくれるまでに――」 「な、何なんだよ、お袋まで。そんな事で泣かないでくれよ。これが最後のお別れじゃないんだからさ」  大泣きする親父の腕に抱かれていたミオは、まるで幼子(おさなご)をあやすかのように、左右に揺らされたり、お袋に頭を撫でられたりと、されるがままだった。  ミオが親父のたくましい腕に頬を寄せ、まるで子猫のようにスリスリして甘えると、親父がひと際大きな嗚咽(おえつ)を漏らし始めた。きっといろんな感情が爆発して、一体何がどうなってここまで泣いているのか、自分でも説明できないんだろう。 「また帰ってくるよ。正月の日に、二人で顔を見せにさ。絶対に、これで終わりになんかさせない。今日という日は、俺たち皆の再出発(リスタート)なんだからね」  お袋に涙を拭ってもらっていた親父は、自らの腕の中で甘え続けるミオを見ながら、俺の決意と約束の言葉に対し、こう答えた。

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