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53.悪女の味方(1)

 色々あった盆休みが明け、毎日がカンカン照りだった八月も過ぎ去り、今は九月の上旬。まだまだ残暑が厳しく、夏場の疲れで、枕に抜け毛が増える時期だ。  言うまでもないが、いち会社員である俺に与えられた夏休みは、子供らほど長くはない。産休や育休にも縁がないので、帰省を終えた翌々日には、ごく普通に職場へと戻った。 「お、もう三時やないか。柚月、おやつ休憩にしようや」 「ああ、そうするか。今日の山田さんチョイスは、確か破れ饅頭(まんじゅう)だったな」  俺が勤める会社はちょっと変わっていて、土日祝日を除く営業日には、『本日のおやつ』と書かれたカゴに、会社の経費で買ってきたお菓子が詰め込まれる。  〝毎日のおやつ確保〟を任されている事務員の山田さんは、豊富な人生経験を活かしてお菓子を選ぶので、ハズレを引く事はまず無い。  いわゆる「ジャケ買い」の類で、サルミアッキを大量に買ってくるような失態を演じた事もない。だからこそ山田さんは、緑茶やコーヒーに合うお菓子の調達を任されているのだろう。  山田さんは本業の事務を中断させられている、というよりは、午前中のうちにおやつを調達する時間が与えられているのが実情だ。その調達に要した時間にも給料がしっかり出るので、やはり風変わりな会社だと思う。  以前、部長に聞いた話だと、この会社を起こした社長は和菓子屋のとして生まれ育ち、あらゆるお菓子を「試食」として味わってきた。だから、甘いものには目がないらしい。  それの裏付けとして、社長は大学卒業の折、菓子類の補給は仕事の効率上昇に寄与する……みたいな研究論文を書き、無事に卒業できたそうだ。というエピソードが示すように、社長の、お菓子に対する知識と思い入れは並のものではないのである。  ただ、社長は次男坊だったので、和菓子屋は兄貴の長男が後を継いだらしい。かような事情があるからこそ、社長は今の会社を起こしたわけだが、あいにく、うちが取り扱う商品はお菓子とはかけ離れたものだ。 「実家の和菓子屋と競り合いたくなかった」という理由で異業種を選んだと聞いた当時は、そこまでして仁義を立てなくても……と思ったもんだが、こうしてタダでお菓子を食わせてくれる現状は大変ありがたい。なので俺は異論を唱えず、ひたすら社長の恩恵を享受する日々を送っている。  おやつの代金で会社が傾いた事もないし、何より、余ったお菓子はミオへのおみやげとして持ち帰ってもOKなのだから、何ら諫言(かんげん)する理由がない。 「うん、うまい。やっぱり和菓子にハズレは無いのう。特に(あん)こは脂質が少ないさけぇ、女性社員にも受けがええらしいで」 「は? 何で脂質が少ないと嬉しいんだ?」 「そらぁ、太りにくいからやろ。お前も女心の分からんやっちゃのう」

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