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53.悪女の味方(5)

「あのおっさん、仕事はできるけど、取り柄はそれだけやねんもんな。気ぃが弱いさけぇ、俺ら部下を引っ張ったり、(いさかい)い事の仲裁もできひん。よう部長にまで上がれたもんやで」 「それくらい大人しくて助かるのは、飲みの席くらいかな。部長は悪酔いしないし、一人でチビチビ飲むから『酌してやるよ』とか言ってこないだろ。返杯の必要もないだけマシだよ」 「確かにな。に遭う面倒がないのは助かるわ。黙って稟議書(りんぎしょ)にハンコ()くだけなら、置物同然でもかめへん。ただ、相談相手にはなぁ」 「だろ? 俺もそう思ったから、一番信頼できる課長にだけ報連相したんだ。最初は怒られるかなってビクついてたけど、結果的に最適な選択したと思ってるよ。……ミオの事もあるしさ」 「何や? ミオちゃんがどうした?」  突如出てきたショタっ娘ちゃんの名前を耳にした途端、佐藤が不思議そうに聞き返してくる。 「あ。えーと、その話はちょっと長くなるから、晩飯でも食いながらにしないか?」 「珍しいな、お前の方から飯に誘うてくるんは。オレは体空いとるからかめへんけど、ミオちゃんは大丈夫か? あの子、一人でお留守番なんやろ」 「ミオなら大丈夫だよ。昨日、クラスメートで仲が良い女の子のお泊まり会に誘われてね。今日の放課後、その娘の家に直行する事になったんだ」 「ほう? そういやぁ、今日は華金(はなきん)やったな。明日、明後日は子供らもオレらも休みやし、そういう事なら気兼ねなく飯に行けるわな」  今しがた、佐藤が口にした「華金」とは、昔の会社員たちに広く浸透した「華の金曜日」の略称である。週休二日制、つまり土日が休みの会社に勤める俺と、同じく土日が休業日のミオにとっては、金曜日の仕事と『終わりの会』さえ片付けば、その時から来週の月曜日まで、各々の自由時間が担保される。  簡単に言うと、「金曜日は気兼ねなく夜遊びができるよ」という話だ。子供は保護者の同伴なくして夜遊びは出来ないので、もっぱら大人が使う造語だった。  ゆえに、華金を迎える俺は佐藤と飲み食いに行けるし、ミオもお泊まり会に参加できる。ただ、最近は土曜も授業を行う学校もちょいちょい増えてきたから、その子らにとっては、金曜日は華でも何でもないわけだが。 「うん。そういうわけだから、今日は久しぶりに飯でも食いながら、積もる話でもしようかと思ってさ」 「よっしゃ! ほな、店選びは任しといてくれや。駅前の繁華街に、静かでうまい店知っとるから、今日は久しぶりに飲み食いしながら話そうやないか」 「ああ、頼んだよ。それじゃあ仕事に戻ろうぜ」 「おう。せっかくの華金やし、できるだけ残業せんでええように気張ったるかぁ」  和菓子のおやつタイムを終えた俺たちは各々の机に戻り、課長や取引先へ提出する書類の作成にかかった。  ……実を言うと、ミオは俺にもお泊まり会に来て欲しいとおねだりしたのだが、さすがに、俺みたいな大人が混じっても気まずいだけだ。なので、代わりにウサちゃんのぬいぐるみを連れて行く事で、何とか話がまとまったのである。

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