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53.悪女の味方(6)

    *  ――同日、午後七時をちょい過ぎたころ。  俺は会社の同僚である佐藤の案内に従い、ちょっと大人な雰囲気の飯屋にやって来た。  佐藤いわく、ここへ訪れるお客さんは総じて年齢層が高いので、学生やら、でかい声でバカ騒ぎするような奴らは寄り付かないそうだ。ゆえに、三十路が見えてきた俺らのような客でも、ここではまだまだヒヨッコらしい。  ざっと見た感じ、カウンター席やテーブル席には空きがあったのだが、なぜか俺たちは、二階の窓側にあるテーブル席へと案内された。 「不思議な店だな。こんなに落ち着いた雰囲気の飯屋、よく見つけたじゃん」 「まぁ、あれや。タネ明かしってわけでもないけど、入社したての時、会社の紹介で住まわせてもろてた寮の、料理人をしとった親父さんが構えたお店やねん」 「ほー、そりゃ初耳だな。お前、寮に住んでたんだ?」 「せや。大金こさえて、自分の城を持つまでの繋ぎやいうことでな。色んな企業の社員に貸し出しとる寮で、会社が補助金出してくれるって話やったさけぇ、毎月の天引きはたったの一万円や。食費の補助も会社から出とったし、朝晩の飯はそら世話になったもんや」 「えらい破格だな。……そりゃまぁ、大阪から来た大卒の新入社員が、いきなり居を構えられるわけないし。福利厚生がしっかりしてたって話なんだろうけど」 「ただし、風呂とトイレは共同やで。部屋もワンルームやったしな。一万円には、一万円なりの理由があるねん」 「なるほどね。で、話は変わるけど。なんで俺らだけ二階のテーブル席なんだ?」 「言い方は良うないけど、ここで飯食うおっさんとおばはんらのお客さんは、ヒザやら足首やらを悪うした人らが多いよってな。せやから、オレらみたいな若人(わこうど)は、二階へ案内される事が多いねん」 「へぇ。つまり一階はおっさんとおばはんらで席が埋まるわけか。繁盛してるな」 「じきに一階は満席になるわ。駅前の繁華街で静かに飲み食いするなら、ここしかないのを皆知っとるからな」  なんて話をしていると、若い店員さんが、お通しと一緒に飲み物を運んで来た。佐藤は酒に強いので、中ジョッキの生ビールで乾杯するつもりのようだ。 「お、柚月。今日は瓶ビールで行くんか。珍しいのう。合コンの時は言うほど飲めへんかったのに、大丈夫か?」 「家に帰っても一人だし、せめて今日くらいはな。万が一酔い潰れたら、駅前でタクシーを拾って帰るよ」  という返事を聞いた佐藤は、ちょっと苦笑いしながら、俺のグラスにビールを注いでくれた。酒にうるさい奴は、「ちゃんと泡を作れ」とか、逆に「泡無しでコップを満たせ」なんて注文をつけてくるから、面倒で仕方ない。  それ以前に俺は、体質的な問題でさほどアルコールに強くないので、酒の席を用意して接待する心配がない顧客との取引や、新しい顧客の発掘に向けた外回りを任される事が多いのである。  そう考えると、営業で児童養護施設へ訪れた俺が、当時六歳のミオと運命の出逢いを果たすのは、ある意味必然の流れだったのかも知れない。 「ほな、今週もお疲れさん。久しぶりの乾杯や」 「ああ、お疲れ様。佐藤センセイによる、大口の獲得を祝して乾杯」  一般的に、相手を「センセイ」と呼ぶのは多少バカにしたような意味合いを持つのだが、俺たちのように砕けた仲の場合だと、尊敬と称賛の気持ちが込もっている。  もともとは佐藤が大阪から持ってきた呼び方で、同期入社の俺たちが手柄を立てた時は、「センセイ」と呼んでもてはやす事が恒例になっていた。

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