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53.悪女の味方(7)
「おおきにな。……オレを『センセイ』て呼んでくれるんは、今じゃお前だけや。寂しいのう」
「同期の奴ら、皆、辞めていったもんな。十人近くいた新入社員の生き残りも、今じゃ俺らだけ。よっぽど営業職が肌に合わなかったのかねぇ」
「ウチに限った話やあらへんけど、研修を終えてから、自分一人で外回りするまでが早すぎて、よう声もかけられん子が多いらしいわ。要は〝心の問題〟っちゅうやつやな」
「まぁー個人差が激しい仕事ではあるな。見知らぬ人に笑顔で挨拶できても、商談に行き着くまでが難しいし。よほど腹が据わって、最低限のコミュニケーションが取れないと、まず務まらない仕事だよね」
俺は浮かない顔で答えた後、お通しに出されたクラゲの塩辛へと箸 を伸ばし、コリコリの食感を味わう。
入社式の時は、皆それぞれ志 を持って、活き活きとした眼差しで先を見つめていたのに、目の前に立ち塞がる現実の壁を乗り越えるのは厳しかったんだろうな。
「俺だって最初は、既に取引が続いている〝お得意さん〟への顔見せに回る時も、オドオドしてたもん。幸い、実家から車で三時間の地元近く……的な会社に就職できたから、『県北のどこから来たの?』って話に花が咲いて、事なきを得たんだけどな」
「せやったんか、そら強みやのう。オレん家は、実家が酒屋をやっとるさけぇ――」
「何だ? 酒と『さけぇ』を掛けたのか?」
「ちゃ、ちゃうわい! お前、変なとこで腰折ってくんなやー」
突然の指摘に驚いた佐藤が、慌てて突っ込みを入れた。ボケたつもりなのかを確認するために尋ねてみたのだが、どうやら普通の会話だったらしい。
「すまんすまん。しかしこの塩辛、味が濃いなぁ」
「そら、飲み食いできる前提の飯屋やもんよ。酒飲みにはこれくらいの塩加減がちょうどええねん。少なくとも、子供が楽しめるような店ちゃうわな」
なるほど、だからお客さんの年齢層が高いのか。じゃあ、このお店にミオを連れて来ても合わないかもなぁ。このお通しを食べて「からーい」って言うのが目に見えるようだ。
「で、酒屋のせがれだったから何だって?」
「ウチは配達もやっとってな。オレは小学生の頃から、酒瓶 やら酒樽 やらを、自転車に積んで配達しとったんや。まぁ小遣い稼ぎやな」
「え? 小学生に酒届けさせてたのか?」
「せや。運んだついでに〝御用聞き〟みたいな事もやってな。言うたら、あれもルート営業みたいなもんやろ」
佐藤が口にした「御用聞き」とは、酒屋の場合だと、お得意さんへの配達の折に「次は◯日に◯を◯本持ってきてもらえる?」ってな感じで、次回の配達分の注文を受ける役割を指す。
毎週日曜日の晩飯時にやっている、某国民的アニメの「三河屋さん」で働く青年が典型的な御用聞きなので、彼を思い浮かべると分かりやすいだろう。
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