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53.悪女の味方(8)
「というか、酒樽なんて自転車に積めるの? 鏡開きに使う酒樽だろ? あんなでっかいやつをさぁ」
「いやいや、さすがにそれは無理やわいな。オレが配達を始めた時から、〝ミニ酒樽〟ゆうのがあってな。数人だけでお祝いする時に使うねん。さすがに鏡開きはでけへんけど」
佐藤の解説によると、見た目はしっかり菰 でくるんであるのだが、中身はガラス瓶なので、木槌 による鏡開きはできないらしい。背面にあるキャップを開け、そこから注いだお酒を分け合って飲み、お祝いするのだそうだ。
「中身はせいぜい三百ミリリットルやけど、言うて縁起物やさけぇの。あれのひと瓶だけでも、結構ええ値段するねん」
「ほー。つまり、お前が酒に強いのは、子供の時から酒の配達をして小遣い稼ぎしてたからなんだな」
「お、おい柚月。誤解を招くような事言うなて。確かに酒には詳しゅうなったけど、さすがに未成年飲酒はしてへんからな?」
その慌てふためく様を見る限り、こいつは少年時代、ほんとに酒を飲まぬまま成年を迎えたのだろう。
やたら周囲をキョロキョロ見回しているのが気になるものの、万が一、お酒を飲んだ事があったとしても時効だろうし、酒屋の息子だから自由に酒を飲めるはずだ! なんて印象論は、ただの言いがかりでしかない。
「じゃあお屠蘇 は? お正月に飲むやつ」
「あれも立派な酒や。先に言うとくけど、ミオちゃんに飲ましたら絶対アカンからな。昔でこそ『正月くらいはかめへんやろ!』って考え方で飲ます家もあったとは聞くけど、成人してへん子らの体質を考えたら、たとえ一滴でも舐めせたらアカン」
「あれって、何か普通のお酒とは違うじゃん。それでも未成年飲酒に入るの?」
「そら、法的にはそうなるやろ。一般的な屠蘇酒のアルコール度数は、十五パーを超えるんやからよ」
「へぇ、そんなにあるんだ。俺の実家じゃ毎年、水を注いだ盃に口をつけるだけで終わってたけど、そんなに高いなら子供は飲んじゃダメだよな」
「あのな、度数の問題ちゃいますねん。たとえ〇・一パーセントでも含んどったらアカン。せやさかいに、ウチではアルコールを飛ばした本味醂 に屠蘇散 を浸して甘味も付けて、安全なんを念入りに確認した上で振る舞っとってん。景気づけにな。これなら子供が飲もうと、タクシーの運ちゃんが飲もうと飲酒にはならへん」
「なるほどね、さすが酒屋の息子じゃん。酒にまつわる知識が段違いに豊富だから、話を聞いてて面白いよ」
「豊富なんかな? あんまり自覚がないわ。こんなマメな話をまじめに聞いてくれるんは、今どきお前くらいやし。何しろ合コンで披露できるネタやないねんもん」
ちょっと感心したらこれだよ。こいつは普段から、合コンに使えるかどうかで話題を選定しているのか?
もっとも、俺みたいに自分が蓄えた雑学の話ばっかりしてても、興味深げに聞いてくれるのはショタっ娘ちゃんのミオくらいだし。だったら佐藤の話題選びは正しいんだろうな。
……いや、俺は俺で正しいのか? 生涯添い遂げると心に決めた、ミオ自身が喜んでくれているのなら。
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