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53.悪女の味方(9)

柚月(ゆづき)、ようカツカレー丼頼んだな。ワイシャツで来とんのに」 「腹減ってんだよ、今日はしこたま頭使ったからさ。それに、カツカレーは男子のあこがれだろ」 「頭使ってカレー(ほっ)しとるんか。普通は『甘いもんが欲しい』言うんやけどな」 「カツ丼にカレールー乗せるって、天才のアイデアじゃないか?」 「い、いや、オレにはよう分からん。っちゅうかお前、今だけは、二十歳くらい若返って見えるわ。変わった奴やのう」  男の子の願望が詰め込まれた料理に夢中でがっついていると、佐藤が箸を止め、不思議そうにこちらを見ていた。給食の献立がカレーライスの日は、給食室から漂うルーの香りに心が弾んだものだが、どうやら全国共通ではないらしい。  ミオは、俺が自宅で作るカレーライスがお気に入りで「お兄ちゃんのカレー、大好きだよっ!」と、満面の笑顔で答えてくれる。そこがまた、愛おしくて仕方ない。あの子にもっと喜んでもらえるためには、何をどう改良したらいいんだろうな。  まぁいいか、今日くらいは考え込まなくても。何しろこのお店には、佐藤とうまい飯を食うために来たんだから。 「どうやら例の話は、お前が食い終わった後に聞いた方が良さそうやな。今、何か喋っても、全部ビールとカツカレー丼に持ってかれてまうわ」 「例の話って、あれだろ? アキちゃんに十万円のホテルを云々っていう」 「早よ食うて、酔いを覚ませ! お前はー」     * 「……どや? 少しは落ち着いたか?」 「うん、うまいカツカレー丼だったよ。さすがに、コップ一杯で酔っちまうのは想定外だったけど」 「よほど飲んでないんやな。ビールはいつ以来やねん」 「ミオを連れて、実家に帰省した時が最後だったような。て事は、盆休みからだな」  という俺の返事を聞いた佐藤が、呆れているとも、感心しているともつかない、何とも複雑な表情で応じた。 「お前はもともと酒に強うないからな、そこはしゃあないわ。というか、今思い出したやろ。例の話をよ」 「ああ、ハッキリ思い出したよ。ミオの話だ。お前にも話したけど、あの子とは四年ぶりに逢って――」  そこまで話した次の瞬間、静かな飯屋にふさわしくない、派手な通知音が鳴り響いた。この聞き慣れた音は、俺のスマートフォンからのものだ。 「がっ!? す、すまん佐藤、マナーモードにするのを忘れてた」 「いや、別にかめへんよ。そういうのに理解がある人の集う店やし。何より、急な合コンのお誘いが来るかも知れんのやから、臨戦態勢なんはええ事や」  うっかりミスをたしなめられるかと思ったら、佐藤にブレが無いのを再確認するだけで済んだ。寛大なのはありがたいが、こいつは何をするにも合コンが基準なのか。 「で、何やってん? 通知音の正体は」 「ミオからメッセージが来たんだ。盆休みの帰省から戻った後、あの子にもスマホを持たせてあげることにしてね」  そう答えつつ、俺は胸ポケットにしまっていたスマートフォンを取り出し、ミオから届いたメッセージの確認にかかる。 「ほう? ミオちゃんにスマホ買ってあげたんや。せやけどお前、ミオちゃんは機械系やら何やらに弱い、みたいな話してへんかったか?」 「確かにしたな、そんな話も。ミオは横文字とハイテク機器が苦手だから、至極(しごく)シンプルなスマホが欲しかったんだよ」 「シンプル? いわゆる〝キッズスマホ〟っちゅうやつけ?」 「うん、まさにそれだね。感覚で操作できるって触れ込みだけど、肝心のミオが触ってみないと分かんないじゃん? だからこないだ、二人で携帯ショップに行って選んできたんだ」  スマートフォンの通知アイコンをポチポチ押しつつの説明なので、佐藤の反応こそ分からないが、どうやらミオはお風呂上がりの写真を送ってきたらしい。  湯上がりで、まだほんのりと湿気を含んだフワフワの髪の毛と、いつも俺に見せてくれる、甘えんぼうなショタっ娘ちゃんの愛おしい笑顔がそこにあった。  右手は頬に添えてピースサイン、左手にはちょっと大きめなタオルを持っているので、ミオの両手は塞がっている。つまり、写真はお泊まり会で一緒になった、クラスメートの誰かに撮ってもらったって事だな。  かように写真も送れるメッセージアプリを使って、ミオが打ち込んだ文章はただ一言だけではあるものの、俺にとっては充分すぎる一言だった。 【すきだよ! みお】  ……はぁ。かっわいいなぁ、もう。楽しいお泊まり会のさなか、こうして彼氏の俺に、写真付きで愛の言葉を届けてくれるんだもん。そりゃあ、頬も(ゆる)むでしょうよ。  漢字やカタカナへ変換する方法を習得していないゆえか、全部ひらがなで送ってきたのがまた初々しい。  しかし、大丈夫なのか? これは。湯上がりで、ショタっ娘ちゃんならではの色香が漂う写真を撮ってくれた、お泊まり会の子らもメッセージを見てそうな気がするんだけど。  さすがに考えすぎかな。単純に、自分が(した)っている里親のお兄ちゃんに「好き」と伝えた。こういう風にも受け取れる以上、俺とミオが恋人同士だとは連想しにくい。  一方通行のままじゃ心配かけちゃうから、俺も返信しておこう。えー……「お兄ちゃんも好きだよ。楽しんできてね」と。  さすがに佐藤の目前で自撮りをする度胸はないので、メッセージだけの送信になったが、うちの子猫ちゃんならきっと分かってくれるだろう。

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