688 / 821

53.悪女の味方(10)

「ごめん、佐藤。せっかく二人で飯食いに来たのにな」 「ええよ別に、大事な用向きかも分からんのやから。話の前にミオちゃんを気遣ってあげぇや」 「ありがとな。ひとまずメッセージの返信も終わったし、例の話に戻るよ」 「さよか。ほんで、どこまで聞いたんやっけ? 要はお前が、ミオちゃんの里親になるって話を課長にしたんやろ」 「うん。それで、課長はさ――」  酔いが覚めた俺は、当時の記憶をたどりながら、ミオの里親になるまでのいきさつを話した。佐藤が最も驚いたのは、俺の相談を受けた権藤課長が、あっさり賛成してくれた事らしい。  血の繋がりが有る無しにかかわらず、子供の親になる以上は、自分の人生をその子の為に捧げるほどの「覚悟」と「責任」を持たなくてはならない。その二つを欠いたからこそ、ミオのような捨て子が後を絶たないのだ……と、課長が言っていた。  捨て子の原因として問題視されるのは、産んだはいいものの、子育てが面倒になった、あるいは嫌気がさしたなどの理由による育児放棄である。  課長は仕事柄、数え切れない程の顧客と出会い、付き合いを重ね続けてきた。そうして信頼を築き上げる中で、家庭内の事情をポロリと口にする顧客も結構いたそうだ。  課長いわく、顧客との付き合いの中で最も強く印象に残っているのが、不妊治療がうまくいかない、某企業の社長と奥さんが吐露(とろ)しただったという。  その夫婦は育児放棄や、幼児虐待などの報道に胸を痛め、まだ一歳にも満たない赤ちゃんが虐待死したと聞いた時には、心の中にある何かがプツリと切れたそうだ。 「何の罪もない子供にあんな仕打ちをするくらいなら、わたしたちが引き取ってあげたかった」と、話し終える直前で泣き崩れる夫婦の姿を見て、さすがの課長もいたたまれなくなったらしい。 「……切ないのう。聞いとる方まで胸が締めつけられる思いや。まだ結婚もしてへんっちゅうのにな」 「それは人の心を持っている証拠だよ。課長も同じ心境だったからこそ、俺がミオの里親になる事に反対しなかったんじゃないかな」 「お前が心優しい性格なんは、課長もよう知ってはるからな。ミオちゃんに甘えられて情が湧くのは誰でも同じやろけど、その子を迎え入れたいと思うかどうかは別の話や」 「というと?」 「あくまで〝もしも〟っちゅう前提で聞いてくれよ。ミオちゃんの甘える姿が演技で猫被っとったら、どんな本性を抱えとるか分からへんやろ。その時点で里親になったお前は、貧乏クジを引いた事になっとったのかも知れんのやで」  佐藤の言葉選びはちょっと手厳しいが、言いたい事はよく分かる。「あくまで」仮定として、ミオの本性が凶暴なものだったならば、いつ、誰に危害を加えるか分からない。  その度合いによっては、凶悪犯罪として大きく報じられるケースもあるだろう。怒りの矛先を向けられて最も困るのは、凶悪犯となった子の里親を雇用している会社である。企業イメージの悪化や他の社員たちへのとばっちりから守るために、お前が詰め腹を切らされても仕方がなかったんだぞ? と、佐藤は言っているのだ。  でも、権藤(ごんどう)課長はなぜか反対しなかったんだよなぁ。リスクという面で、たぶん佐藤と同じような事を考えていたとは思うんだけど、それでも尚、あの人は背中を押してくれた。  俺の決意がよりいっそう固くなったのは、課長による後押しのおかげでもある。やはりあの時も、課長だけが持つという、驚異的な洞察力がミオを分析していたのだろうか。  なんて考えていると、再びスマートフォンに通知が来た。今度はマナーモードに設定したゆえ、先ほどから、俺が残した瓶ビールを引き受けてくれている佐藤も気が付かない。  ちなみに通知の正体は、やはりミオからのメッセージだった。さっき送った返信へのリアクションなのか、内容は、猫とハートマークの絵文字だけで構成されている。  どうやら、お泊まり会で一緒になった子らに打ち方を教えてもらったようで、猫の隣には、ハートマークが五つも並んでいた。  俺という彼氏のために、ミオが慣れない操作で一生懸命入力してくれたんだと思うと、心身共に満たされていくのを感じる。一緒にいてもいなくても、毎日こうして癒やし続けてくれたからこそ、俺は今も頑張っていられるんだろうな、と。  佐藤はさっき、「ミオが猫を被っていたら?」と言った。結果的に取り越し苦労だったけれど、うちのショタっ娘ちゃんには、〝某イベントの日〟に子猫のコスプレセットを着せて、お家デートを楽しむ事が決まっている。  そういう意味では、確かに猫を被る事にはなるから、あながち間違っちゃあいないよな。うん。

ともだちにシェアしよう!