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53.悪女の味方(12)

「ん? 何や柚月。またミオちゃんからのメッセージか?」 「そう。今はお泊まり会で友達の家にお邪魔してるし、大っぴらに通話はできないじゃん? だからメッセージ交換で会話してるんだ」 「ホンマに仲がええのう。ミオちゃんも、よほどお前の事が好きなんやな」 「そりゃそうだよ。あの子が好きじゃない人の里子になっても、ギクシャクな気まずい生活にしかならないだろ」  もっとも、ミオが言うところの「好き」は、「彼氏である俺が好き」という意味も含むので、恋愛感情がこもっている。そこに気付かないよう注意を払ってきたからこその「まりじしよ!」なわけで。  絶対にするよ、「まりじ」はね。結婚式の折には、ミオにショタっ娘ならではのウェディングドレスを着せてあげたいな。あの子なら絶対喜んでくれると思うんだよ。どこかが作ってくれないかなぁ。 「さよけ。とにかく、課長もご両親も、柚月は責任感の強い男やっちゅうのを知ったはるから、ミオちゃんの里親になる事に反対せなんだんやろ」  佐藤が今しがた口にした「知ったはる」は、正確には大阪弁ではない。ちょっと品がある(ように聞こえる)ので、「言うたはる」などを使う京都弁も駆使しているらしい。 「責任感か。確かに、ミオを里親として迎え入れた時、せめて、この子だけは絶対幸せにしよう! と心に誓ったよ。独身の男が幼い子の里親になるためには、相応の覚悟と責任がなくちゃ務まらないからね」 「ちぃと言い方は悪いけどや、しょせんミオちゃんは他人の子やろ? 誰が産んだのか分からん子供を、お前の言う『覚悟と責任』だけでカバーできるんか? とは思っとった。最初こそはな」 「だろうな。そもそも独り身の大人でも養育里親になれるのか? って問いへの答えも自治体の判断によるから統一感がなくてね。独身でも養育里親にはなれるけど、結局は『児相(※児童相談所のこと)に相談してください』ってケースが多いんだ」 「ハァ!? 児相? あんなもん、一番何にもせぇへんところやないか!」  何が気に触ったのか、佐藤が声を荒げ、急に児相を(ののし)り始めた。 「ちょちょちょ、待てよ佐藤、落ち着けよ。何をそんなにいきり立ってるんだ?」 「お前は幼児虐待のニュースを見とらんのか? 別の病気で医者にかかった子の体に残ったアザやら傷を見て、虐待を確信した医者が、その子の生命が危ない思うて児相に通告したんや。そこまでは完璧なバトンタッチや思うとった」 「なるほど。医者は患者の氏名と住所と容態をカルテに書き残すから、確かに通報はしやすいよな」 「せやけどもや。通報を受けた児相の職員が虐待しとった親の家を訪ねても、『ただ転んだだけです』って親の嘘を鵜呑(うの)みにしてアッサリ引き上げよったんやぞ。そんなボンクラ共に何ができんねん!」 「いや、何ができるかを俺に問われても……。そもそも俺は虐待しない保護者だし、お前が言う『児相は何もしない』だって、日本全国の児相が一律何もしないってわけじゃないだろ?」 「何をぉ!? おどれがそんな甘い事抜かしとるから、一向に虐待が減られられんのやろがー、おう!」 「さ、酒くさっ! しかも呂律(ろれつ)が回ってないぃ」  いつも女と合コンにしか興味のない佐藤が、急に社会問題を語り出すなんて。一体どういう風の吹き回しだ? と思ったら、どうやら酔いが回ってきたゆえの弁舌らしい。中ジョッキのおかわりと、俺が残した中サイズの瓶ビールをほぼ一本飲んだ事になるから、酔いの回りが早まったのかな。  ただ、佐藤が憂いたくなる気持ちはよく分かる。厚生労働省(現在は『こども家庭庁』に移管済み)がまとめた統計によると、幼児虐待の疑いありと見て通告や相談を受けた件数は年を追うごとに上昇し、近年ではとうとう二十万件を超えてしまったのだから。  (こと)に児相が許せない理由(わけ)は、医者や親類、近所に住む人らからの通報を受けた児相が、虐待死を未然に防ぐために最善を尽くさなかったからだ……というのが佐藤の言い分。毎日欠かさず報道番組を見るそうなので、シングルマザーの交際相手であるヒモ男が虐待犯だった、という手合いのニュースをたびたび目にしているのだろう。  先ほどの統計に戻るが、赤子への虐待で死に至らしめた原因は、「泣き止まない事への苛立ち」などの理由で突発的に起こした、実母によるドメスティック・バイオレンス(DV)が多い。特に危険なのが、産後うつを発症した中での子育てで、次第に我が子をかわいいと思えなってくるそうだ。  だからこそ、近年では嫁が心身共に安らげる時間を確保させるべく、夫にも育児休暇を認める企業がチラホラ出てきている。赤ん坊のお守りは母親がやるもの、という考え方はもう古い。社会の構造を変えていかなければ、ミオのような境遇の捨て子がいつまで経っても減らないのだから。

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