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53.悪女の味方(13)

「こんなとこでしか言えないけど、怒りをぶつけたくなる気持ちは分かるよ。いわゆる〝内縁の夫〟が、嫁の連れ子を虐待死させた事件は度々報じられるのに、どうして児相は何もしないんだ! って事だろ」 「うん……」  ついさっきまでヒートアップしていた佐藤が、突然トーンダウンした。どうやらこいつは、深酔いすると感情の起伏が激しくなるらしい。  合コンの幹事がベロベロになったら収拾がつかなくなるから、普段はこんなに飲まないんだろうな。 「一応、虐待されている子を力尽くで助け出せはするんだよ。児相の職員でもな。何しろ、警察の援助と、裁判所の許可状が最強の後ろ盾になるからね」 「力尽くって何やねん。要するに児相がドアをブッ壊してでも家ん中入って、子供を助け出せるっちゅう話か?」 「あくまで一応だぞ。『臨検(りんけん)または捜索(そうさく)』って言ってね、虐待の疑いがある家に踏み込んで、子供を見つけ次第保護するんだよ。児相が持てる最終兵器(リーサルウェポン)ってやつさ。これだけは拒否しても無駄だからな」 「無駄や言うても、どうやって踏み込むねんな。一軒家ならともかく、施錠したマンションなんか、中層階あたりから鉄壁ちゃうの?」 「さっき言った通り、力尽くだから手段は選ばないよ。施錠したドアは、合鍵を管理会社から借りればすぐに開くだろ」 「合鍵が無い時は?」 「鍵の専門業者に開けさせる。詳しくは知らないけど、鍵穴をどうこうするだけが全てじゃないらしいぜ」 「ほんなら、ぶっといドアチェーンなんかどないだ?」 「いや、『どないだ?』って言われてもな……お前ん家に踏み込むシミュレーションじゃないんだから。ドアチェーンだって工具でぶった切れるし、時間稼ぎにもならないよ」  こういう知識は本来なら不要なものかも知れないが、防犯や見守りという立場で考えるならば、ドアチェーンなどの強度を把握しておいても損はないだろう。すっかり酔っ払っている、佐藤の記憶に残るかどうかはともかく。 「なるほどな。それくらいの事をしてでも踏み込める力を持てるんは分かった。せやったら、児相は家庭訪問なんてまだるっこしい真似しよらんと、最初からリンケンやら何やらの切り札を使えば済む話ちゃうんけ?」 「無理無理。繰り返しになるけど、臨検と捜索はあくまで最終兵器だから、みだりに行使できないんだよ。虐待の疑いありって通告を受けた児相が、いきなりその家のドアをこじ開けてたら皆驚くだろ? 嘘や勘違いの通告かも知れないのに」 「何やぁ? お前。さっきから、えらい児相の肩持つやないかい。袖の下もろうとるんか」 「貰うわけねーだろ! いくつかの手順をすっ飛ばせるようにはなったらしいけど、許可状を交付するに足りる書類を揃えて請求しなきゃ、何度行っても裁判所に突っ返されるんだって。お前が権藤課長に怒られるのも、書類に不備があったからだろ? それと同じなんだよ」 「う!? わ、分かりやすくはあるけど、オレを例えに使わんでくれや……」  佐藤が手に持つ中ジョッキをチラリと見てみたら、さっき頼んだ三杯目が、もう半分くらい減っている。このペースだと、今日タクシーで帰るのは佐藤の方になりそうだ。 「まぁ、お前の話は冗談だとしても、もどかしくはあるよな。子供の命がかかってるだけにさ」 「ホンマやで。子は親を選べないっちゅうのは不憫(ふびん)やな。言うたら捨て子かて、虐待の一種なんやろ? ミオちゃんと柚月みたいに、いい巡り会いを果たせる子が、世の中にどんだけおるんかな」 「とあるゲームなら幸福度を数値化できるんだけど、子育てはゲームじゃないからなぁ。決して捨て子を肯定しない、という大前提で答えを探してみても、『いろいろ事情がある』の他に言葉が見つからないんじゃないか?」 「事情?」 「そう、事情。後は察してくれ。俺にはミオを幸せにしてあげること以外、何もできないんだ」  佐藤は何か言い返そうとしたようだが、すぐに(うつむ)き、そのまま黙り込んでしまった。きっとこいつも、俺の言う「事情」の意味が分かったんだろう。  俺はミオの養育里親になると決めたので、ミオとは養子の縁組をしていない。よって、一応の決まり事としては、あの子の親権は実親(産みの親である両親)が保持する。  保持するのだが、「保護責任者遺棄罪」の時効を迎えて尚、実親が姿を現さない事実を(かんが)みるに、どうやら親権を主張するつもりはないらしい。  この罪が大きく取り上げられるきっかけになったのは、とある遊戯店(ゆうぎてん)の駐車場に車を止めた母親が、車内に子供を残して遊びに行き、その子らを死なせてしまった事件だろう。  保護責任者遺棄罪は、「保護の対象である子供らの生命を脅かした」時点で成立するのだが、その脅かした命が尽きたら、罪はより重くなる。  結局その母親は、身勝手な都合で保護を放棄し、我が子を死に至らしめたので、「保護責任者遺棄致死罪」という重罪で起訴され、法廷で裁かれる事になった。  ……さすがに、その先の事は考えなくていいだろう。法廷でのおぞましい争いまで調べ出したらキリがないし、飯が喉を通らなくなるだけだ。

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