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53.悪女の味方(14)

「ま、それはそれとしてや。お前の机に立てとる写真を時々見せてもろとるけど、ミオちゃんみたいな男の子は奇跡的やな」 「貝らしい? 海産物が好きって話か?」 「いやいや……オレがあの子の写真見ただけで、海産物好きそうやな! って分かるわけないやろ。要するに、『可愛らしい子』や言うてますねん」 「ああ、方言なのか。確かにミオはよ。家でくつろいでる時も、抱っこしてもらいたくて、膝の上に乗ってくるんだ」 「まるでネコみたいな子やのう。よほどお前の事が好きなんやな」 「四年ぶりに児童養護施設で逢った日のミオも、終始あんな感じだったよ。左腕であの子を抱っこして、残った右手で園長先生に契約の変更内容を説明してたからな」 「そんなに? 一体何をしてそこまで甘えられてんねん、お前。オレにもコツを教えてくれや」 「話すと長くなるから端折(はしょ)るけど、ミオはナデナデされるのが好きなんだ。というわけで頑張れ」 「だいぶ端折ったなー。ほな、今度アキちゃんに()うたらナデナデしてみるか」  それを聞いて、どうせ二日酔いで覚えてないんだろ? と返してみたら、佐藤はケラケラ笑いながら認めていた。  酒癖さえ悪くなけりゃ、シラフの時より気が大きくなろうが、饒舌(じょうぜつ)になろうが許容範囲だと思う。  佐藤は酒に強いので、今くらい深酔いしても絶対に失言しないし、うっとうしく絡んでも来ない。なぜなら、己が引いたボーダーラインを超えないよう、自我をコントロールできているからだ。  これもある意味才能だよな。権藤課長が持つ洞察力に匹敵するとまでは言わないが、接待を成功させる立ち回り方なら、たぶん佐藤の右に出る社員はいないだろう。  俺は何かに秀でたものがあるのかな? せめて料理の才能が開花すれば、もっとあの子に喜んでもらえるんだろうけど。 「いやー、うまい飯だった。カレールーが独特だから、さすがに再現は難しそうだけど」 「ここのメニューは、寮で飯作ってくれとった時とほぼ同じでな。いわゆるソバ屋が作るカレーやねん。ソバつゆ使(つこ)うてると分かってても、なお完全なコピー飯は作れへんから不思議なもんや」  コピー飯って。確かに言いたい事は通じたけど、こういうのも一種の職業病なんだろうな。 「なるほどな。……さぁて、うまい飯は食えたし、話も聞いてもらえたから、そろそろ帰るか」 「お、もうそんな時間か。酒の勢いや言うても、飯三割、喋り七割くらいやったから、最初の方に何を言うたか覚えてへんわ」 「いいだろ、今日くらいは羽目を外しても。ただ、お前はタクシー拾って帰ったほうが良いかもだな」 「せやなぁ。久しぶりやで、こんなに酔うたんは。柚月(ゆづき)は雑学の王様やさけぇ、お前の話をつまみに飲んどったら、酒が進んでしゃあないわ」 「はは、そうやって喜んでくれるのは、ミオと佐藤くらいだよ」  少なくとも、佐藤が集める合コンのメンツには、ミオほど雑学に興味を示してくれる女子はいないだろうな。  元カノの未玲に至っては、自分から聞いたくせに「考えるの面倒になったから黙っててくれる?」と吐き捨てられる始末。 「そういえば、ミオちゃんはいつまでお泊まりなん? 休み中ずっとか?」 「いや。明日の朝、車で迎えに行く予定なんだ。お泊まり先の親御さんにもお礼を言いたいからね」 「さよけ。まぁ明日なら、コップ一杯程度のアルコールは抜けとるやろ。ミオちゃんにもよろしゅう伝えとってくれや」 「うん。ありがとな。じゃあ支払いに行ってくるよ」 「こらこら、待たんかい! オレが連れて来た店やのんに、お前に(おご)らすわけないやろ。今日はオレに任しとけや」 「そうはいかないよ。お前が取った大口契約祝いでもあるんだから――」 「アカン。これだけは譲らへんぞ」     * 「ふーん。じゃあ、お兄ちゃんと佐藤さんでお金を半分こして払ったんだね」 「そう。いわゆる割り勘ってやつだな。あと、佐藤がミオによろしゅうだってさ」 「ヨロシュウ?」  佐藤と一緒に飯を食った翌日。アルコール検知器で残留ゼロなのを確認した俺は、マイカーを駆ってミオを迎えに行き、まっすぐ帰路についた。カーエアコンの涼やかな風がミオの青髪をなびかせる度に、ほの甘いシャンプーの香りが漂ってくる。 「で、どうだったんだい? お泊まり会の方は」 「うん、楽しかったよー。クラスメートの娘といっぱいお喋りできたし、里香(りか)ちゃんにも、〝すまーとほん〟で絵文字の使い方を教えてもらったの」 「ああ、猫とハートの絵文字だろ? ちゃんと届いてたよ」 「うふ。良かったぁー。お兄ちゃんにいっぱい好きって言いたかったんだよ」 「いやぁ、照れちゃうな。ははは……」

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