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53.悪女の味方(15)
いかにショタっ娘ちゃんとは言え、ミオはれっきとした男だ。にもかかわらず、女子たちからはガールズトークにお呼ばれしたり、お泊まり会にも誘われた事実を鑑 みるに、ミオはたぶん、女の子だと見なされているんだと思う。
そりゃなあ。ミオと一緒にあらゆる場所へ遊びに行っても、会う人に「娘さん」とか「お嬢ちゃん」とか「妹さん」なんて勘違いされるくらいだし、中性的を超越した美貌 に疑いの余地はない。里親の俺ですら、ミオの美脚に見とれちゃうくらいだからな。
「よーし、到着。先に降りてていいよ。荷物は俺が持って行くから」
「ありがと。じゃあボク、ウサちゃんだけ抱っこしていくね」
ウサちゃんのぬいぐるみを両手で抱き、先に駐車場を後にするミオを見送りながら、あの子が持っていった荷物をかき集める。
ランドセルがやたら重いな? と思ったら、全教科のテキストとノートが詰まっていた。もしかすると、お泊まり会のついでに勉強会もやっていたのかも知れない。
まじめだねぇ。俺が子供の頃なんか、持ち帰るのが面倒で置きっぱなしにしていた教科書を、隣のクラスの子に貸したりしていたんだけど。もうそんな時代じゃないんだな。
「お兄ちゃーん。郵便が届いてるよー」
「え? 郵便? 日曜日なのに?」
マンションの集合ポストを調べていたミオが、薄っぺらい封筒を持って戻ってきた。今朝届いたようなので、普通郵便というセンは皆無だ。かといって、封筒の表面に、それだと分かる赤い印やスタンプを押してないから速達でもない。
受取人の署名や認印なしで書留を投函するのは、凡ミスなどという言葉では済まされない。肝心の受取人が不在だったとしても、再配達の目処が立つまで持ち戻りしなければならない。書留は元来そういうものだ。
「お兄ちゃん。この封筒、切手がないよ。何とか弁……よくわかんないのが書いてあるの」
「どれどれ?」
ミオから受け取った細長の茶封筒には、表に俺の名前が、そして裏には「弁護士 久三郎法律事務所 」というゴム印が押されていた。
何だこれ? 俺たちの住むマンションのポストに直接投函したって事は、この久三郎って弁護士が来たんだろうか。
「お兄ちゃん、もしかしてレニィ君たちからのお返事?」
「じゃないっぽいよ。中には名刺だけが入ってたけど、どうやら大阪の弁護士がうちに来たらしい」
「大阪? ずーっと離れたとこだよね」
「だな。大阪の弁護士と関わるような事はしてな……あっ!」
大阪というフレーズを頭の中で繰り返しつつ、名刺を裏側にひっくり返してみると、手書きのメッセージが目に入った。
「どしたの? お兄ちゃん。何か書いてあったの?」
「ああ、裏面にね。『彼女の一件についてお話致したく伺いました。またご連絡差し上げます』だってさ」
「彼女? 誰のこと?」
「未玲 の事だよ。〝大阪〟と〝彼女〟のキーワードを結びつけて考えたら、あの女以外に思い当たるフシは無いからね」
「えー? お兄ちゃんにひどい事ばっかり言ってた元カノさんって、こないだお巡りさんに捕まったんだよね?」
「うん。あれから余罪が山のように出てきて、留置所に詰め込まれたまんまらしいから、大阪から出られないんだよ。だから、自分の代わりに担当弁護士をよこしたんだと思う」
「じゃあ、ボクのお迎えに来てくれたお兄ちゃんと、入れ違いになっちゃったんだね」
「だろうな。でも、何の用事で弁護士が出張 って来たのか、その理由が分からないんだよ。あの女とはとっくの昔に別れているから接点は無いはずのに、電話じゃなくて直接会いたがっている代理人の行動も謎だし」
「お兄ちゃん、もしかしてベンゴシさんに連れてかれちゃうの? そんなのやだよぉ」
弁護士の意図が分からずに困惑していると、ミオが、俺の腰回りに抱きついてきた。小刻みに震えているその足からは、言い知れぬ緊張感が伝わってくる。
たぶんこの子は、直感で、何か良くない事が起こると察知したんだろう。そうでもなけりゃ、こうして俺に抱きつき、彼氏を守ろうとはしないはずだ。
「大丈夫だよ、俺はずっとミオのそばにいるから。弁護士はお巡りさんじゃないし、ただ話をしたいだけなんだろ」
「ほんと? 良かったぁー」
俺の腰に抱きついたまま、頬ずりして甘える様子を見る限り、ミオもひとまず安心してくれたようだ。仮にお巡りさんが来たところで、天地神明 に誓って潔白 である以上、逮捕される筋合いがない。
かの弁護士は、俺と何らかの取り引きをしようと、わざわざ大阪から飛んできた。その理由は、電話を使った口頭の約束だけだと、後に言った言わないの水掛け論になるからだろう。
あり得ない話だが、未玲の罪を軽くするため、俺に情状証人 として法定に立って欲しい、って頼もうとでも思っているのか?
だとしたら冗談じゃないぞ。俺だって被害者の一人だってのに、その被害者に情状証人を頼もうと目論んでいるのなら、破れかぶれにも程がある。
……ただ、いかな凶悪犯といえど、その時点では被告人でしかないので、弁護人を立てなければ不利になる。弁護士は被害者への示談交渉や各種書類の作成と提出をしてくれるし、とにかく減刑あるいは無罪を勝ち取ろうと尽力する。たとえ勝算なき争いであっても、決して匙《さじ》を投げない姿勢には頭が下がる。
とはいえ、被告が犯行に及んだ動機として、精神障害を持ち出す事だけは賛同しかねる。弁護側が「被告は精神障害を患い、事件当時は心神喪失状態だった」と主張することは、統合失調症や躁うつ病などといった、本当に心の病で苦しむ人たちを蹂躙 する事になるし、結果として精神障害者への差別に繋がる。
それはそれとして、未玲という金食い虫は、俺に送った『十万円ちょうだい事件』でお袋を激怒させたほどの業突く張りだから、「昔付き合ってあげたでしょ。訴訟にかかるお金をと差し入れを用意しなさい」とか言いそうなのがまた怖い。
仮に、訴訟費用を無心するために弁護士を寄越したのだったら、単なるムダ足だと言うしかない。こっちは一円たりとも負担するつもりはないのだから。
私選だか国選だか知らないけど、あんな悪女のために全国を駆けずり回らなきゃいけないんだから、弁護士ってのは浮かばれない職業だねぇ。
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