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54.完全決着(1)

「ねえ柚月(ゆづき)さん、当職はこう思うんです。このようにして職場でしかお会いできない以上、とてもじゃないですが証言などは不可能ですよね?」  はぁ、最悪の週明けだ。  ショタっ娘ちゃんのミオとイチャイチャした明くる日、月曜日の朝。弁護士を名乗るこの男が、何のアポも取らずに職場へ押しかけ、俺との面会を求めてきた。  仕方なく案内した応接室に腰掛けると、挨拶や自己紹介をそこそこに済ませ、いきなり本題をぶち込んできたわけだが、こっちには何の用意もない。  一応、佐藤には例の件で離席するとは伝えておいたけど、ほんとは課長に報告したかったんだよなぁ。いつもはもっと早く出勤してくるはずなのに、何かあったんだろうか。 「証言……ですか」 「そうです。この場合はつまり、上原未玲(うえはらみれい)さんと恋愛関係にあった柚月さんが、上原さんの罪が法定にて審理されるに当たり――」 「ちょっとすみません。こちらも忙しいので、要点だけをかいつまんでもらえますか?」 「分かりました。では単刀直入に申し上げましょう。上原さんの裁判において、裁判所からの証人の出頭召喚(しゅっとうしょうかん)を拒否していただきたいのです」 「ええ? 拒否? どうして?」 「あなた、ついさっきご自分が仰られたのをお忘れですか? 本業が忙しいんでしょう。それだけでも、出頭を拒否する事由としては充分ですからね」  カチンとくるなぁ。昨日、不在だった俺たちの家を訪問したかと思えば、今日は業務開始直後にアポなしで職場にやって来て、あまつさえ人の揚げ足を取りに来る。してやったりみたいな顔してんじゃないよ。  営業職である俺の仕事がら、弁護士のセンセイが勤める法律事務所へお邪魔させてもらう事はしばしばある。が、これまで、法のスペシャリストであることを鼻にかけ、横柄な態度を取るようなセンセイに出会った事は一度も無い。  この応接室で対面している弁護士さんは、俺より若そうに見える。若くして弁護士になった実力を誇示(こじ)しているのか何だか知らないが、俗に言う「新司法試験」への改革が行われた後の記録によると、最も若い合格者は十八歳らしい。  弁護士、検察官、裁判官の人口を総合して法曹人口(ほうそうじんこう)と呼ぶのだが、いずれの職に就くにせよ、司法試験の合格後は司法修習生として、およそ一年間の研修で実務経験を積まなくてはならない。  司法修習生の研修が終わったら、今度は〝司法修習生考試(しほうしゅうしゅうせいこうし)〟という最終試験を受ける必要がある。詳しい内容は知らないが、全科目の試験で五日も要するそうだ。さらに試験会場が遠い場合、五連泊できるホテルをも確保しなくちゃいけないってんだから、茨の道にも程がある。  旧司法試験は合格率の低さもさることながら、受験資格のハードル自体も高かったので、法曹人口を増やす目的として改革が行われたんだそうだ。その結果として、弁護士の数が底上げされたのは統計を見れば明らかなのだが、すぐに独立開業できるほど甘い世界ではない。  司法修習生考試に合格し、弁護士バッジを交付されたばかりのルーキーは、〝ボス弁〟と呼ばれる先輩弁護士の事務所に雇ってもらい、さらに経験を積んでいくケースが多い。その雇われ弁護士が〝イソ弁〟で、居候(いそうろう)している弁護士という意味で使われる。  という事情を踏まえ、改めて渡された名刺に目を落とすと、この弁護士は、大阪府の「久三郎法律事務所(きゅうさぶろうほうりつじむしょ)」からやって来た、柳惠一(やなぎけいいち)というイソ弁らしい。

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