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54.完全決着(2)
「あの。センセイがここへ来られたからには、僕が証人として、裁判所から出頭を求められるのが本決まりになったという事ですよね。実際に召喚 されるのは何月何日なんですか? その日によっては――」
「日にちを伺ってどうなるんです? お忙しいのですから、ただ拒否するだけで済む話でしょう。柚月さんが大阪に来る目的は旅行じゃないんですよ」
何なんだ一体? さっきから一言多いけど、俺がいつ、物見遊山 で大阪に行きたいって言ったよ。
証言しようという意思を削ぐために、こうして証人を苛立たせる作戦を採っているのだろうが、裏を返せば、それだけ俺に来て欲しくないって事だよな。
つまりこの弁護士は、俺が証言台に立つと、未玲の立場が不利になると踏んでいるらしい。だから、わざわざ大阪からやって来て、証言台に立つ証人を切り崩そうとしているわけだ。
が、いかにイソ弁であろうと、俺一人のためだけにここまで来るのは合理的ではない。たぶん、この周辺地域には、未玲に金やら物品やらをタカられた男が数多くいるのだろう。
それはそれとして、人にものを頼むんだったら、もう少しへりくだってお願いしたらどうなんだ? 若くして弁護士になった事で、上からものを言う事が許されるとでも思っているのだろうか。
「センセイ。お言葉ですが、裁判官が最も欲しているのは、正しい判決を下すための情報ですよね。そのために証人を呼び寄せるんだから、あちらも多少は日にちを調整してくれるのでは?」
ほんとのところは、俺だって、わざわざ大阪まで足を延ばしたくはない。今さら未玲の顔を見るのも嫌だし、場合によっては、ミオをお袋に任せる事になるのだから。
この弁護士は来なくてもいいとは言っているが、裁判所の権限にて行う証人の召喚は、そうやすやすと拒否できる程度の効力しか持たないのだろうか?
「当職には分かりかねる質問ですね。どうして、柚月さんがそこまで食い下がるんですか? わざわざ大阪まで来て真実を語ったところで、証拠として採用されなければただの徒労に終わるんですよ」
「徒労に終わるかどうかは、裁判官が決める事でしょう? やたらめったら証人を呼び寄せるのならまだしも、僕が審理に必要な証言を持つとみなして召喚されるのなら、むしろ積極的に参加しますけど」
「ほう。つまりあなたは、日常の業務よりも、手弁当 での証言を望まれるわけですか。では先に断っておきますが、柚月さんが証人として出廷なさるからには、大阪に留まる日数が一日や二日では済まない事をご覚悟いただきますよ」
何だか引っかかる物言いだなぁ。「手弁当」は、要するに無償のボランティアになるって話なんだろうけど、さすがに大阪までの交通費くらいは出すんじゃないの?
裁判官が「遠いところに住んでる証人への交通費が勿体ないから、呼ぶのやーんぴ」なんて言い出したら、ろくな審理にならないと思うんだが、実はそうでもないのか?
人件費を切り詰めざるを得ないほど、予算が逼迫 しているから手を引け、という話ならまだ分かる。ただ、何かの資料で、裁判所の司法予算 は三十億をゆうに超えると書いてあったし、俺一人の足代 だけで枯渇 するとは思えないんだけどな。あしだい
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