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54.完全決着(3)
「要するに、僕が未玲の刑事裁判で証言台に立つ事がしばしばある、という見立てで拒否した方がいいよ、と?」
「概 ね仰る通りです。事件の性質上、長期に渡る滞在を強いられる心配があるからこそ、当職自らがご忠告に伺った次第なんですよ」
何だか漠然とした返事だなぁ。今はまだ、彼の「忠告」とやらを鵜呑みにしてはいけないような気がする。俺が法廷で証言して困るのは誰か? という問題への答えは、この弁護士がやって来た事で明らかにはなったけども、そもそも俺は呼ばれるのか?
「それは経済面での心配ですか?」
「起訴状の内容を精査するに、上原さんは、あなたと関わりがあった間の犯行が多いようです。なので、時系列を追って証言していただくでしょう。それだけの間、大阪に滞在なさる覚悟はお持ちですか? 何もかも、自費で賄 わなければならないとしても……」
「あのぉ。先ほどから、僕の懐事情 ばかり心配なさっているようですけど。裁判員として選任された民間人には、判決が確定する日まで、一定の交通費や日当、宿泊費などが振り込まれますよね。なのに、証人だけが全て自腹になるという根拠が分からないんですよ」
「くどいですね。では、もうひとつのデメリットをお伝えしましょう。柚月さんにはお子様がいらっしゃいますよね? かわいい我が子をこちらに残し、単身で法廷に立つ事にためらいが無いのなら、どうぞいらして下さい」
――む? 何で、この弁護士はミオの存在を知っているんだ? 俺にここまで食い下がられて、イライラが募ったあげくの暴言と作戦変更なのだろうが、それはそれで不自然な点が浮き出てくる。
俺は未玲と別れて以降、一切の連絡を取っていない。つまり、俺がミオの養育里親になった事実は把握していないわけだ。にもかかわらず、この弁護士は、証人として呼ばれるか否かも分からない奴の家族構成を調べるために、住民票の写しを取得したのか?
でないと、俺に子供がいるなんて知るはずがない……というのは変な話だ。確かにミオは俺の子ではあるけれど、養子縁組はしていないから、ミオの正確な続柄は俺の「子」ではない。
この弁護士らしき男。若さゆえか、ちょっとばかりメッキが剥がれてきたようだな。乗ってくるかどうか分からないけど、カマかけてみるか。
「ああ、センセイはうちの子をも心配してくださっているんですか。でも、娘はもう炊事、洗濯、掃除といった家事全般をこなせますから」
「それこそ浅慮 ではありませんか? あなたが幼い女の子を一人で残してくる事は、果たして、実親 としての親権 を正しく行使していると言えるのでしょうかね?」
また小難しい用語を使ってきたが、一般的に言うところの「親権」とは、産みの親にあたる両親に与えられる権限である。その両親を実親と呼ぶのだ。
柚月家のケースで例えると、共同親権者である親父とお袋は、子である俺の利益のため、成人するまでは監護(見守ること)、および教育し、その財産の管理を担う責任を負っていた。ちなみに子を「成人」とする年齢は、近年の法改正により、二十歳から十八歳まで引き下げられている。
親権の明示化にあたり、「権限」とは表記しているが、同時に「義務」という言葉も併記されている。仮に、親権が「ただの権利」であった場合、あっさり拒否できるので、育児放棄などのネグレクトを罪に問うのが困難になる。それでは親権は何の意味もなさない。
で、この弁護士らしき男は、経済面での攻め手に効果が無い事を悟り、今度は親権を盾にして、俺の大阪入りを阻 もうとしてきたわけだ。が、その作戦を逆手に取って、俺が仕掛けたワナにまんまと引っかかった。
よって、これ以降のやり取りでは、嘘つきの彼にお灸 を据える事になる。誰の差し金かは知らないが、いたずらに人を脅かしたり、恋人のミオを一秒たりとも不安にさせたツケはキッチリ払ってもらおう。
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