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54.完全決着(10)
で、二人の保護者による通話には、まだ続きがあった。予期せぬ事態を重く見た保護者たちの中から、ミオの親友である里香 ちゃんの母親が代表を務め、あの石頭ジジイと担任教諭の責任を厳しく追及したんだそうだ。
その追及に平謝りする担任教諭の様子は、またたく間に広まって校長先生の知るところとなり、教諭とジジイは揃って学校から追い出されたらしい。
ジジイは一生出禁になるだろうが、担任教諭は職務上、すぐに代えがきかない。それでも、保護者一同に納得してもらえる説明ができなかったら、諭旨免職 も躊躇 しない、という校長先生の決意を聞けたという話だった。
誰かがこの一件をリークしたら、ネットニュースやSNSを通じて、瞬時に全国へと広まるだろう。いち教諭のやらかしで学校全体が矢面に立たされてしまうと、学び舎としての機能がマヒしてしまう。それを防ぐためには、担任教諭をクビにするか、同席させた上で謝罪会見を開くしかない。
その判断が、俺たち保護者たちに委ねられる事になったのが現状である。担任教諭が同席の上での会見は、責任の追及が段違いに厳しくなる。だとしたら、先手を打って諭旨免職にした方が、さらし者になる心配は幾分減るだろう。我が子を危険な目に遭わせた担任教諭を擁護する理由がないのだから、保護者一同としては、やれる事はひとつだけだ。
「かなりの大事 になりましたね。うちの子も、念のためにお医者さんに診てもらうつもりでいます。……はい、はい。ご連絡ありがとうございました。それでは失礼します」
横になって、俺の太ももに頭を預けて休んでいたミオは、フゥとため息をつく俺を、心配そうな顔で見つめていた。
「大丈夫? お兄ちゃん」
「うん。俺は平気だよ。さっきの電話は、ミオの他にも、クラスメートの子が何人か体調不良で早退したって内容でね。じいさんと先生が怒られたってさ」
「え? 先生も怒られちゃったの?」
「じいさんを呼び寄せたのが先生だから、その責任だろうな。学校の職員でもない、保護者でもない、ただの隠居したじいさんを学校に連れてきた事で招いた騒ぎだからね」
「そうなんだ。先生はどうして、そのおじいさんを呼んじゃったのかなぁ」
「ま、それは追々分かってくるだろ。たぶんお巡りさんにも怒られるはずだから、その時に詳しい事情を聞いて、保護者向けに説明会を開くって流れじゃないかな」
「保護者ってお父さん、お母さんたちのこと?」
「だな。説明会の時間にもよるだろうけど、俺もミオの保護者として話を聞きに行くつもりだよ。その日が来たら、またお留守番しててくれるかい?」
「うん。ウサちゃんと一緒に待ってるね」
こういう時は特に、俺がシングルの養育里親である事が申し訳なく思えて仕方ない。もっと寄り添って、たくさん甘えさせてあげたいのに、ここ数日は、何かと面倒な事が起きすぎている。
「ねぇお兄ちゃん。ちょっと疲れてない? お顔が困ってる時みたいだけど、ボクの事で心配かけちゃったから?」
「え? いやいや! そんな事はないよ。かわいい子猫ちゃんが無事なのは分かったし、こうして甘えさせてあげられるからね」
横になって安静にしているミオの頭を撫で続けていると、「みーみー」と鳴き真似をしてみせたりするんだが、そこがまたかわいくて仕方ない。
子猫が大好きなのを知っているから、あえて俺のために、それっぽくなりきってくれているのかも知れない。思い起こせばうちの子猫ちゃんは、初めて出逢った四年前の「あの日」から、俺に対する警戒心はゼロだったな。
「……実はさ。ちょっと疲れてたのはほんとなんだ。弁護士の偽物が、俺の働く会社にまで来て、面倒を起こしたからね。そっちの応対で疲れたってのはあるよ」
「みゅー? それって昨日、ポストにメーシを入れてた人?」
「うん、その名刺ね。結局そいつは偽物だったから、正体がバレて、お巡りさんに連れてかれちゃったんだけどさ」
「なにそれぇー。よく分かんないけど、その人って元カノさんのお使いで来たんでしょ? 嘘ついてベンゴシになったのに、結局捕まっちゃったのって、何がしたかったのかなぁ」
という疑問を抱きつつ、体を起こしたミオは、頭を撫でてもらっていた俺の手を包み、やさしくマッサージしてくれた。
はぁ、いい気持ちだなぁ。ミオの小さな手に揉 みほぐしてもらっているおかげで、ジワジワとした疲労が剥がれるように飛んでいく。
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