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54.完全決着(11)

 事の一部始終を知らないミオは、弁護士のフリをして、ポストに名刺を残していった男が、俺が働く会社にまで来た理由が分からない。  さしずめ、「そいつは何をしに、弁護士法違反でしょっぴかれに行ったんだ?」と疑問を抱いたからこそなのだろうが、奴がボロを出したのは、俺が仕掛けた罠にかかったからだ。  元はと言えば、俺が未玲のような悪魔と付き合っていたのが原因でこうなったのだから、特段ひけらかすような功績でもない。  ちなみに、課長の指示でニセ弁護士の正体を探っていた佐藤の情報だと、どうやらあの男は、某探偵事務所で見習いをしている、大卒一年目のペーペーだったらしい。  未玲の代理人から依頼を受けた男は、報酬を独り占めするべく、単独で動いて弁護士に成りすまし、それらしい理由を並べ立てて、ミオを交渉のダシにしようと思っていた。  が、そこまで行くと、もはや探偵としてできる業務の範囲を超えている。士業の成りすましで威圧する作戦を見抜かれ、警察の御用になった後、権藤課長は奴の勤め先に電話をかけ、こう言ったそうだ。 「貴様ら私立探偵は、依頼を達成させるためなら、身分を偽っていち個人を脅すのか? 今後も探偵業を続けたいなら、くれぐれも返答を間違うなよ」と、怒気のこもった口調で詰問する課長の目は、尋常じゃないほどの殺気にみなぎっていたらしい。  探偵事務所の所長は、その電話で初めて部下の不祥事を知ったため、電話口からでも、色を失った様子が目に見える程の動揺ぶりだったと聞く。  ただの見習いが勝手に受けた依頼を実行に移した結果があれなので、探偵事務所は実質ノータッチではある。ただ、雇用者としての責任を感じた所長は、声を震わせながら謝罪し、わずか三十分後に、菓子折りを持って会社を訪れたそうだ。  その時の、床に頭をこすりつけ、何度も土下座して許しを請う所長の様子は、とてもじゃないが、気の毒で見ていられなかった……というのが佐藤の弁である。  組織に属する以上、上司への報連相をないがしろにして勝手に仕事を引き受けるのは、ただのスタンドプレーにしか過ぎない。そういう奴は一匹狼でやればいいのにな。 「ミオ。今の体調はどう? まだふらつきがあったり、だるかったりする?」 「うーん? 今はそうでもないかなぁ。お家に帰ってきたあと、お兄ちゃんが作ってくれた麦茶をいっぱい飲んで、少し楽になったんだよー」 「ああ、水筒のやつね。麦茶にはミネラ、じゃない。いろいろ栄養分が含まれてるからな」  とはいえ、スポーツ貧血を起こしたとみられるミオには、失われた鉄分の補給が不可欠だ。麦茶は確かにミネラルを含んでいるものの、いくら飲んでも鉄分を含有しなければ、根本的な解決には繋がらない。 「しかし、まずったな。慌てて帰ってきたから、お昼ご飯を買って帰るのを忘れちったよ。ミオ、お昼は出前でもいい?」 「うん。ごめんねお兄ちゃん、ほんとは給食を食べてからの方が……あっ」  俺は、貧血を起こした自分を責める言葉を(さえぎ)るべくミオを抱き上げ、そっと額に口づけした。 「――いいんだよ、ミオ。今日は一緒に、お家でお昼ご飯を食べよう」  俺の腕に抱き包まれたミオは無言で頷くと、幸せそうな顔で、腕や胸板に頬ずりし始めた。この甘えっぷりから察するに、ミオはお昼ご飯のメニューよりも、二人で一緒にいられる時間が長くなった事を喜んでいるようだ。

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